篠&誌洲

灰汁抜き

マリア/篠 > (水恐怖症と脱水を伴う妙な症候群。例のそれに、ついに特効薬が出回ったそうだ。自分も誌洲に治療してもらって数日は経ちよく動けるようになって来た事だし、一足遅くなったが彼を手伝いに行こう。そう決めた篠は軍服の上から綿入りのはんてんを羽織り、既に医務室の前。両手に持った竹製の蒸籠からは湯気が上がっている。治療に刻苦していているのは何も誌洲だけではないのだから、手伝うと決めたからには話しかけるのは誰でも良いはず……ではあるけれど、見慣れた横顔を目にすれば、やはりいくらかほっとした。蒸籠の中の筍肉まんは、自分の治療をしてくれた彼の為に作ったお礼のものでもあったから。)「誌洲先生、おやっとさです。……って、すごか隈じゃ!……差し入れ持ってきてよかったです、ろくに食べちょらんじゃなかとですか?」   (3/16 21:37:50)
マリア/篠 > (蒸籠ごと彼に手渡して、気合を入れる意味で緩んだ髪を結い直す。)「手伝ゆ事はあっとですか?治療魔術は得意じゃなかじゃっどん、特効薬が出回ったなら私にも出来っ事があっとおもって……来てしまったとですよ。ささ、雑用でもなんでも申し付けたもんせ!」(誌洲の背中を軽く二回叩く。どこかイキイキとしてるのは、気の所為ではなかった。最近は弱っている姿ばかり見せてしまったが、本来いつまでもうじうじしているのは得意ではないのだ。よく食べよく眠り、どこかお節介焼き。そんな彼女らしい姿がようやく少しだけ戻ってきた。)   (3/16 21:37:55)


蕨/誌洲 > (三年前に起きた類似の異変、その元凶である“命の水”に薬効が認められた──重ねて三年前と同様に王国から流入した情報によって、漸減的に落ち着きつつあった巫子一同の繁忙は再び盛り返していた。帝国は遅れてんなぁ、そんな仄かな口惜しさが頭を擡げたことすら稀有な束の間の余裕だった誌洲の睡眠不足はいよいよ慢性化の様相を呈しており、目の隈のなかった元の自分の容貌を失念しかけているような有様だ。そんな状態であるから耳新しくもない篠の声を覚ることもなく、もし名指しで呼び掛けられていなければ、傍には自分しかいないにも拘らず誰かしらが対応するだろうと聞き流していたかもしれない。椅子に腰掛けたまま緩慢に振り向き篠の姿を認めれば、医務室に不似合いな代物を一瞥するまでもなく意外そうに重い瞼を持ち上げた。瞬時に消耗した脳裏に先日の出来事が過ったからに他ならない。棚から牡丹餅だ、呼び出す手間が省けた。)   (3/16 21:46:09)
蕨/誌洲 > 「おう、篠じゃねーか……あ?」(すごか隈の要因の幾らかはお前にもあるぞ、などと憎まれ口を叩く暇もなくもうもうと湯気の立ち上る竹蒸籠を手渡されるがままに受け取る。俄に眼鏡が白く曇り何も見えなくなった。着地点を確かめながら注意深く机へと置き終えるが早いか、不意に背中に衝撃を受ける。もしかしなくとも篠の仕業であることは明白だ。威勢のいい言い分を一頻り黙して聞いた後、眼鏡を外してレンズを羽織の袖口で拭いながら徐に唇を開いた。)「……なんか、元気だなお前。まぁ……経過が良さそうで何よりだが」(透明な玻璃を通せば、従来の視界が戻ってくる。この円形の硝子細工がなければ俺は視覚障害者だ。湯気を避けながら蒸籠の蓋をずらせば、中には白い顔の蒸饅頭が三つ程並べられているようだった。牡丹餅が饅頭を持ってきたのか。正直な所、蓄積した疲労で空腹感が麻痺しているのか、眼前に食べ物があっても今一つ食欲が唆られない。食後の睡魔を退けるのも一苦労だろう。それでもわざわざ温かい料理を持参して力添えに来たと言う篠の殊勝な心意気を無駄骨に変えるような真似は気が咎めた。)   (3/16 21:46:14)
蕨/誌洲 > 「雑用ね……。ま……なら、その辺の書類の整理でもしてもらうかな。診療録、番号順に並べてくれりゃいーから」(誌洲は言いながら漫然と棚の辺りを指し示す。とうに整頓を諦めて久しい紙の束が散乱していた。本人が願い出ていることを拒む道理はない、折角なのだから篠があくせく働いているのを尻目に冷めない内に差し入れを頂こう。栄養補給が済んでから、手伝いなんかより余程重大な頼まれ事を呑ませるとするか。仕事を割り振ってしまえば後は任せたというように『なぁ、これ中身何?餡?』と尋ねながら蓋を除けた。)   (3/16 21:46:19)


マリア/篠 > 「あい、わかりもした!」(端切れの良い返事をしてから誌洲の指を追い、棚へ視線をやる。恐らく初めはこの紙の束を本のように縦に並べて収納していたのだろうという形跡は見てとれたが、縦に並べてある上に横に詰め込まれたり、椅子から近い部分はもはや端から横に重ねてあったりと、その棚のありさまは持ち主の忙殺ぶりを現わしていた。並べ直すだけなら少しの集中力があればやり果せるだろう。とりあえず下の段から紙の束を引っ張り出し、ぱらぱらと捲る。まるっきりすべて無秩序という訳でもなく、誌洲が言うところの番号は近いもので固まっているようだった。番号の若いものは弾いておいて、とりあえずは固まっている数字郡を順番に並べ直した。)「あっ、そいですか?肉まんですよー。ほぼ筍じゃけど……よかひこ入っちょったほうがうんめかですから。」   (3/16 23:45:01)
マリア/篠 > (単純作業と思って取り掛かりはじめたが、床に座り込んで本腰を入れ始めればすぐに診療録そのものに目を通す余裕も出てくる。水恐怖症に関する文字列はわかりやすく切羽詰まったような走り書きで追記されていたから、見つける事も造作無かった。これから接するかもしれない患者について自分も知っておけという意味合いもあるのかもしれないが、あえてそう言われなかったという事は篠の余裕次第で任せるという事だと解釈しておこう。)「実家が竹造でして。じゃっで筍料理は慣れたもんですよ。そん筍も、ちょっと魔術ん力を借ったとです。お口に合えばよかですけど。」(話しながら最初に引っ張り出した束をトントンと揃えて棚に戻した。次の束を引っ張り出してまた床に座り込む。耳を擽るような紙の音が、なんだか心地よかった。)「……これ、製本した方が後で楽なんじゃなかとです?製本道具も竹で作っとですよ。かけべらと竹ひごと指貫と…私んほうでも仕事が少なかれば、今後やりに来ましょうか。せっかく整理すんじゃし、そう難しか事でもないですから。」   (3/16 23:45:12)


蕨/誌洲 > (蓋を外せば一層立ち込める湯気を逃がす間、溌剌と返事をして早速作業へ取り掛かる篠を眺める。同時に黙殺していた棚の惨状が嫌でも視野に入り込むが、物好きな助っ人は露悪的な皮肉の一つも零さず料紙の魔境に着手した。何かしら説明の補足が必要だろうかと思いきや、彼女にとってはあの一言で事足りたらしい。)「へー、筍」(どこか間延びした印象の返答を受けて、曖昧に相槌を打つ。腰を据え始めた様子を認めれば、蒸籠へと視線を戻した。程よく白煙が散った所でどれじゃあ頂くかと手を差し伸べかけ、白手袋を着けたままなことに気が付く。手指衛生は治療者の義務だ。袖を捲り素手が手袋の表面に触れないよう慎重に脱ぎ捨てると、ありあわせの綿紗で軽く拭ってから肉まんの一個を拾い上げた。まだ十分に温かいが、舌を火傷する程ではなさそうだ。多分平気だろうと踏んで、篠の話を背景に流しながらかぶりついた。)   (3/17 07:58:57)
蕨/誌洲 > 「…………あ、うめぇ」(殆ど独り言のように漏らされた呟きが、乾燥した紙の音に塗れているであろう篠の耳に届いたかは分からない。それきり無言で咀嚼し嚥下してしまうと、自ずから二口目へと駆り立てられた。やはり身体はその糧を欲していたのだろうか、食べ進める程に食欲が湧いてくるような心地さえ覚える。仄かな甘味を感じるふかふかとした皮、滋味深く歯触りの良い筍を脂で纏め上げたかのような肉餡。不感となっていた飢餓のせいか、篠の料理の手腕の為か、はたまた魔術が関係しているからか……理由は幾つか想像できたが、ともかく無性に沁み渡るような旨さを誌洲に感じさせた。いつの間にか小さくなっていた塊を最後、口に放り込んだ所で途中篠が何やら言っていたことを思い出す。食事に集中してはいたが、一切を聞き流していた訳でもない。飲み下すと、ごく最近の記憶を遡りながら空になった口を開いた。)   (3/17 07:59:03)
蕨/誌洲 > 「……ああ、製本?いや、そりゃそうかもしんねぇけど……そこまで恩を売ることもねーだろ」(申し出自体は尤もで有難くとも、これから是が非でも承諾させねばならない要求があるからか、買掛金のような借りを作る気には余りなれなかった。自然と再び蒸籠に手を伸ばしかけた所で、ふと逡巡する。が、まだ一つ残るしいいだろと即座に思考を切り上げると、二個目の肉まんを掴み取り躊躇なく頬張った。)「……そういや、お前どこの出身だ?訛りもすげーけど」(賞味の合間に、何気なく無遠慮な世間話を投げかけてみる。以前から細やかに抱いていた疑問でもあったし、どうやら竹に関する信仰を持っているようだが身辺では聞いたことがなかった。)   (3/17 07:59:08)


マリア/篠 > (誌洲の洩らした小さな感嘆が篠の耳に届いていようものなら、きっと喜びと誇らしさを顔いっぱいに溢れさせ、饒舌に自身の信仰についてを語ってていたことだろう。未だ黙々と作業をしているということは、誌洲はその語りに付き合わずに済んだということだ。)「へぇっ?恩……」(製本についての返事を聞けば、確かに差し出がましい事を言ったような気がしなくもない。彼と自分はまだそこまでの関係ではないと思われているんだなと距離感を改め、当たり障りのない社交辞令でこの場は収めて置くこととしよう。)「はは、そいですか。そんならまぁ…またいつか。来れたやにしときもす。」(どうも篠は例の恐怖症を発症して以来、誌洲の事を保護者か何かだと思っている節がある。嫌でも気づいてしまった己の深層心理、誰かに甘えたいという強烈な欠落感を埋めるのに、誌洲はきっとうってつけだったのだ。父性の役割を当て嵌めやすい年上の男性である上、治療者と被治療者であるという一線が、曲がりなりにも男と女であるという事実を薄めさせる。これらを引っ括めて簡単に言ってしまえば、要するに『妙に懐いた』という事になるだろう。)   (3/17 12:03:58)
マリア/篠 > 「出身ですか?………」(はた、と手が止まる。自身の生まれ故郷、守山は今や帝国の領土ではない。その事実を思い返せば、父はどうしているだろうかと毎度新鮮に胸が締め付けられる。誌洲に気を遣わせてしまうのも悪いような気がして、へらへらと笑いながら『山の中ですよ、榮郷とは大違いじゃ』なんてはぐらかしてみつつ、棚の整理を順当に進める。誌洲が氷原少尉と同郷で、少尉の出身は寒いところとは聞いているから、さしずめ榮郷の北部なのだろう。美虎が帝国の領土になったのはここ数年の事であるから、それは有り得ないし。)「あ……肉まん、お口に合えばよかです……えっ!?」(はたと手を止め誌洲の方へ目をやると、既に三分の二が消滅していた。特に淀むことなく自分と喋っていたはずなのに、まるで手品のような綺麗な早食い。ぽかんと口を開け、はっとしてまた整理に取り掛かる。)「ひったまがったぁ。先生、食べゆんわっぜぇ早かですね。」   (3/17 12:04:15)


蕨/誌洲 > (『またいつか。来れたやにしときもす』──どこか控えめな物言いではあったが、誌洲は密かに篠を睥睨した。こいつ、医務室へ来ることの意義を履き違えてるんじゃないのか。この独特な薬臭さは血腥さを誤魔化す為の苦肉の策に過ぎない。医務室、それに帝國軍病院。これらは紛れもなく戦場の最前線、その次に馥郁たる死の芳香が漂って止まない、本来兵にとっては寧ろ忌避すべき場所なのに。そういった懐疑の念が頭を擡げたものの、今直截に伝えて機嫌を損ねられるのも不都合だと言及せずにいた選択は正しかったようだ。何とはなしに投げかけた問いに作業の手を止めたかと思えば、些か間を置いて取り繕ったような笑みを浮かべられる。決して寂しげだなどと深く感じ入るものはなかったが、それでも幾許かの事情を誌洲に推察させるには十分な材料だった。紆余曲折ありはしたが、現状帝国が失った領土は守山唯一つだ。粗方予想の筋道は立てられたが、尋ねたことを済まなく思う道理も誌洲からすればなく、黙々と、そして着々と肉まんのおかわりを減らし続けた。)   (3/17 21:16:16)
蕨/誌洲 > 「ん、ああ……旨かった。ごっそさん」(すっかり食べ終えて悠々と新たな綿紗で手指を拭っていると、その様子を認めてか素っ頓狂な声を上げた篠に軽く向き直る。会釈と共に簡潔な礼を述べながら、確かに我ながらあっという間に平らげてしまったなと夢中になっていた間のことを振り返った。早食いの癖が身体にとって配慮に欠けた行いであることは重々承知だが、これは一種の職業病だ。それに加えて実際、篠の料理上手も相俟ってのことだろう。何故かとは言わないが、いいことだ。そこまで思い至ると、誌洲はわざとらしく声を整えて篠に呼び掛けた。)「……篠、ちょっといいか。それほっといていいから」(小さく手招きをしながら、脚では患者用の腰掛けを引っ張り出す。そこへ座るよう仕草で指示すると、最後の肉まんが取り残された蒸籠を篠の近くへと寄せた。)「お前、食ったか?食ってねーだろ。茶も飲むか?」(物珍しいというよりも、却って怪訝な心証を抱かせそうな生温い微笑を携えながら篠に最後の一つを勧める。返答次第では甲斐甲斐しく奉仕してやろうじゃないかと、机に肘をつきながら反応を待った。)   (3/17 21:16:21)


マリア/篠 > 「まこちですか?へへ……」(誌洲の礼を受け、照れくさそうに頬を掻いてはにかんだ。すると、猫なで声とまでは言わないものの露骨に声色を変えて呼び寄せられたので、意図を測りかねて一瞬きょとんとした目を向ける。改まって『ちょっといいか』なんて言われる時には、大抵叱られるか口説かれるかの二択と相場が決まっているのだ。そのどちらにも思い当たる節は無いけれど、無遠慮に巫子の領域に入り込み助手気取りをした事で、半端な仕事は許さないと釘を差されるのならば納得できるし、整理の方法が気に食わなかったという可能性もある。……篠は身を堅くしながら、『え……はい……』と小さく返事をして誌洲のすすめた椅子に遠慮がちに座った。)「え?あぁ……味見はしましたどん……お茶?……あの、私もしかして何かやってしまったとですか?」   (3/18 17:40:00)
マリア/篠 > (怪訝な心証────要するに、誌洲をよく知るもの、例えば氷原少尉などからすれば、『先生どうしたの?気持ち悪い』と思われかねないようならしからぬ振る舞いなのだろうということは、言語化できないにしろ篠もその違和感を肌で感じていた。机に膝をついてこちらへ向けてくる顔は企みに色気付いて、患者として対峙した時に比べてほんの1,2枚。紙程の厚みも無いのだろうが、裃を脱いだような印象で──────いや、逆に、”猫を被っている”のだろうか?進められた肉まんや茶についてはっきりと受け入れるのも断るのも出来ないまま、言外に遠慮して固唾をのんだ。)「ど、ど、どげんかしましたか?」(『もしかして口説かれる方なのか』とも、思わなかったといえば嘘になる。経験は少なくとも救えぬ程の鈍感という訳ではないから、一つの可能性として頭を過ぎった。むしろ篠にその類の経験が多ければ、誌洲のような酸いも甘いも噛み分けていそうな中年ならば、女を口説く時くらいもっと然りげ無くやるのだろうという事まで頭が回ったはずなのだが。)   (3/18 17:40:06)


蕨/誌洲 > (困惑を隠そうともしない反応はまさに氷原との時のことを想起させる。要素としては僅かでも、どこかでこういった共通点が垣間見える二人だからこそ、嗾けて橋渡しをしてみようという気が起きた可能性は否定できないだろう。しかし確かなのは、篠があの昼行灯と比較すればまだ随分と救いようがある聡明さを持ち合わせているということだ。だからこそ、よく言い含めておかなければならない。誌洲は相変わらずの薄ら笑いを浮かべたまま、従容と語り始めた。)「いやいや、お前は何もやらかしてねぇよ、篠。ちょっと手の掛かる所はあるが、こうして旨い手料理差し入れに来てくれてな、七面倒な診療録の整頓まで手伝ってくれる。……お前はいい女だよ」(そんなお前を見込んで、と言いさして不意に口を噤む。先程のように恩を売りにきたとまでは言わずとも、彼女が献身的な奉仕をしてくれたのは事実だ。こちらから頼み込むような形だと体裁が悪いと思い直し、視線を彷徨わせながら一呼吸置く。緩慢に両手を組んで頬杖をつくと、どこか上擦ったような声はそのままに話を再開した。)   (3/18 21:08:03)
蕨/誌洲 > 「あー……まどろっこしいのはお互いにとって不利益だ。……どうだ、今度氷原に付き合う気はねえか?俺からも言っとくからさ、どっかぶらついてこいよ、二人で。例えば……青果市とかな。あいつ、この間のみかんを甚く気に入ってたから」(これは善意、もとい礼、或いは褒美だ。決して利己的な行いではない。そう自身にすら言い聞かせながら切り出した提案に付随する妙な頬の緩みは、最早恣意的なものへとすり替わっていた。実際篠がそうであるように、氷原もまた優良な人的資源であることには変わりがない。こちらはちょっと、いやかなり世話が焼けるかもしれないが、少尉だし、無駄に立端があるし、顔も悪くない。しかも俺と違って穏やかな気性の男だ。本人に色恋沙汰への興味があれば、あの一点物はとっくに売り切れていただろうとさえ思う。)   (3/18 21:08:07)
蕨/誌洲 > 「……肉まん、冷める前に食った方がいいんじゃねーの。あー、遠慮?……じゃあ、ほら」(誌洲は徐に最後の肉まんを手に取ると、二つに割ってからその片方を篠へと差し出す。元より彼の中には篠に与えられるべき拒否権など端から存在しない、故に当人からの陣中見舞いを賄賂として扱う腹積もりもない。これこそが誌洲の謂う所の善意に相当するのかもしれなかった。)   (3/18 21:08:11)


マリア/篠 > 「あっ、本当じゃしか…なら良かったとです。……えっ、あ、へえ。いえいえそげん………」(やらかしてないと言われればほっと胸を撫で下ろす。予定調和の謙遜を交え打っていた相槌は、誌洲のトドメの一撃でぴたりと止んだ。)「…………」(『もしかして口説かれる方なのか』なんて馬鹿馬鹿しい考えが突然、篠の中で現実味を帯びる。しおらしく下を向いていると、誌洲のほうも何か言葉を探しているような間が流れた。『まどろっこしいのは、』と切り込まれ、はっと上気した顔を向ける。それ以上は聞いてはいけないような気がして、だけどどう妨げればいいのかもわからず。『恋愛とか、結婚とかはもう……』明松の事なら彼も知っているはずではないか。知った上で自分に何か求めているのだとしたら。恋愛でも結婚でもない、色気のある話と言えば。『も、もしかして断っ理由、あらんとじゃ……』目をちかちかさせて、誌洲の言葉を聞く──────)   (3/19 01:11:37)
マリア/篠 > 「……へっ?」(それはさながら、『話があるからこの後裏に』と呼び出され、いそいそと馳せ参じたところで『これ、アイツから』と差出人の違う恋文を渡されたのに近しい拍子抜けだった。否、氷原少尉が自分に好意があるとも思わないし、誌洲の口ぶりにもそういった含みは感じられなかったから、それ以上の肩透かしを食らったとも言える。よくもまあここまで勘違い出来るものだと言えよう。)「……少尉と?……出かけるとですか?青果市?……みかん……は、はあ……。」   (3/19 01:11:48)
マリア/篠 > (ただみかんが欲しいだけ、あるいは少尉に頼まれたのなら、『あれをまたくれ』と言えば済む話だ。態々自分が出張っていって少尉と連れ立って歩かなければならない理由があるとするならば、引きこもりの彼をお天道様の下へ連れ出して欲しいとかそんなところだろうか。やけににやにやした表情が気になるが、渡された肉まんの片割れを遠慮がちに受け取りながら、手番消費を最小限に疑問を解消しようと言葉を選んだ。直感的に、このままでは訳もわからぬまま丸め込まれてしまいそうな気がして。)「……あっ…じゃ、じゃあ…いただきもす……えっと。……ないごて……ど、どげんして私なんです?気晴らしっちゆなら、そりゃどこしもお使い出来ますどん、少尉が直接お誘いにならん理由は気になっですよ。相手は上司じゃし……」   (3/19 01:11:55)


蕨/誌洲 > (篠が漏らした間の抜けた声に視線を移ろわせれば、仄かに紅潮した頬に野花のような色の瞳が丸められて誌洲に向けられていた。思わず何度か瞬きして、首を捻りながら項を掻く。年格好は氷原とそう変わらない筈だが、俄には信じ難いほど寡欲かつ奥手な彼に負けず劣らず初心なようだ。発した言葉の端々を繰り返しながら相槌を打つ篠は持ちかけられた相談に少なからず動揺している様子だったが、困惑を露わにしつつも肉まんを無事受け取ったことに誌洲は満足げに小さく頷いた。他の同僚にも分け与えず独占することに卑しさと疚しさを感じていたからに他ならず、篠本人へのこのお裾分けは誌洲にとって証拠隠滅と同時に大義名分でもあった。)「まぁ……あいつが言ってたんだよ。篠さんとてもいい人で、って」(差し当たって不利には働かないであろう事実を選り抜いて伝えながら、自分の動機をどこまで話すべきかと暫く逡巡する。当然の疑問を的確にぶつけてきた篠はやはり氷原より幾らか信頼が置けそうだし、下手に煙に巻くよりは口説き落として懐柔した方が色好い結果に繋がるかもしれない。)   (3/19 19:03:46)
蕨/誌洲 > (予て二つ返事でもなければ、ある程度の目論見を話してしまっても構わないだろうと考えていた。篠にとっても、悪い話ではない筈なのだから。)「……要するにだ、俺の……親切心だな、うん。……氷原は友達になりたいっつってたんだが、でもな、男と女なんて何があるか分かんねーだろ。だからお前にはな、ま……有り体に言っちまえば、逢引のつもりで行って貰いたい」(そう喋る合間に咀嚼と嚥下を反復すれば、忽ち半個の肉まんは追加で胃袋に収められた。創傷被覆材として医務室に配備されている綿紗を再び一枚捲り取って掌を拭う。至って普遍的な心配りとして箱入りのそれを篠の前へと置いてから、乾燥が目立つやや節榑立った指を白手袋へと嵌め込んでいった。最早誌洲の説得に軛はなく、あまり深刻に捉えられるのも具合が悪いとどこか茶化したような口調で話を続ける。)「あー、逢引っつってもな、そう畏まらなくていいぞ。あいつもどうせよく分かんねぇだろうから。……ま、お前にもな、無理強いする気はねえよ。舌噛んで死ぬっつうくらいなら、断ってくれていい……」   (3/19 19:03:50)
蕨/誌洲 > (手袋を着け終え、改めて両の手の指を絡ませる。それから綽然と細めた双眸を僅かに伏せて、嘗てこの部屋で聞いたある台詞に思いを馳せた。『俺が倒れるよりも、先生が倒れた方がみんな心配するだろうし、俺も悲しいから』──浅慮も甚だしい上に自虐的だ。それでも誰が、この言葉に裏打ちされた優しさを否定することができるだろうか。)「……俺だって、別に本気でどうこうなるとか思っちゃいねえよ。けどな、まぁ……お前がいい女なように、あいつもいい男なんだ。……女と連れ歩く機会くらいあってもいいと思わないか?」(どこか和らいだ雰囲気でそう零すと、改めて篠へと向き直り、言外に返事を促す。──氷原はこんな俺でも倒れたら悲しいとか宣う、奇特かつ人間としての善性に恵まれた男だ。篠もまた、甲斐甲斐しく尽くしてくれるわ、俺相手に花恥ずかしい反応を見せてくれるわで物好きには違いない。行き着く先が恋路でなくとも構わない、この二人の縁が深まるならそれで上等じゃないか。)   (3/19 19:03:56)


マリア/篠> 「はぁ……アイビキのつもりで……」(鸚鵡返しで反芻しながら手元の肉まんを見た。アイビキはアイビキでも、牛か豚か鳥かという話ではどうやらなさそうだ。上司の頼みや取り計らいでその息子やら親戚やらと見合いをするというのはよく聞くが、上司本人というのはあまり聞いたことがない。もしかしなくても既に拒否権は無いんじゃないか、なんて考えながら黙って肉まんを一口頬張ってみた。)「………」(誌洲の言葉は的確に篠の警戒を解き解した。善意やら、部下の努めやらという大義名分であれよあれよと舗装されてゆく一本の道。せめてその先が崖っぷちでないように祈りつつ、篠のほうでも念を押した。)「あの……先生が私を…み…見初めて?くださった事は光栄じゃ。少尉の相手は私だけじゃなかちゅう前提で聞かしていただきもす。私なんかより綺麗かおなごはわっぜぇ居っなんて、今更言う事でもなかですからね。」   (3/19 21:50:29)
マリア/篠> (思えば自分も二十四になる。榮郷の感覚はわからないけれど、田舎ならばいわゆる婚期を逃しかねない頃合いだと親戚一同が血眼でせっついて来るのが当たり前のはずだ。榮郷に上ってきた当初こそ『強か人のお嫁さんになる』だなんて都会的な自由恋愛に憧れていたけれど、いい加減夢ばかり見てもいられないと心境の変化が訪れてもいいだけの事はあった。かといって生涯独身を貫くと決め打ち、人とは違う茨の道を歩む程の強い思想もあるわけではない。こと男女問題に関しては、受け身とまでは言わないがよく言えば古風な、そうでなければ封建的とも言える類の人間なのだ。そう思えば誌洲の親切心だってよく解るし、相手が高官ともなれば千載一遇の好機だと思うのが普通なのだろう。今最も心配なのは、むしろ氷原少尉の心持ちのほうであった。)   (3/19 21:51:01)
マリア/篠> 「……少尉は、ほんのこて”そんつもり”じゃなかですね?先生は『本気でどーこーなるとか思っちょらん』とはおっしゃったばっ、こちらだけがそんつもりだったとして、そいを知ってしもた以上は二度目がなか事を気にさるったぁ当然ですよ。少尉が私を振るんは良くても、こっちがそげんつもりで会うたからには、何が失礼となるか解らんじゃなかとですか。……ともかく、『結果はどうやった?』なんて、私にも少尉にも聞かんで頂けっと約束したもんせ……」(最後に『生意気言うてすみもはん』と軽く頭を下げてから、もはや悠々と味わうのも難しくなった肉まんを押し込んだ。)「…………そいでもよかれば……うん、楽しんでみようて思います。」   (3/19 21:51:10)
マリア/篠>(『女と連れ歩く機会くらいあってもいいと思わないか?』─────その言葉を、篠は酷く因習的な感覚に則って解釈した。慰安婦、とまでは言わない。けれど例えば宴席で、自分が比較的若くまた女性である以上は、上司に酌をする道理がある事くらいは解っているのと似たようなものだ。『私なんて』とこれみよがしに謙遜する事を、自意識過剰と切り捨てる事が出来るようになった事も、年齢を鑑みればそう不思議な事でもないだろう。重ねて『いい女』だと言い含められた事については、『先生は罪じゃ』と心中で非難するに留めておいた。)   (3/19 21:51:14)


蕨/誌洲 > (おずおずと口を開いた篠が丁寧に張っていく予防線に、誌洲は唇の端をより一層吊り上げる。不安感が人を保身へと駆り立てるのであれば、望む答えはもう手に入れたも同然だ。月並みな謙遜に対してはその気になれば幾らでもそれ相応の抗言を述べられはしたが、先程の篠の反応を鑑みるに無闇に翻弄と受け取られかねない真似をするのも不穏当だろうと生返事をするに留めた。少なくとも今は、曲がりなりにも篠と氷原との仲立ちを試みているのだから。そう頭の片隅で考えながらも、篠の尤もな懸念の吐露に最早上機嫌を隠すことなく耳を傾ける。終始曖昧な首肯と同調とを交えていたが、篠が提示した唯一の条件を聞いた瞬間、誌洲ははたと動きを止めた。)「──、…………」(え、やだよ。表情をそのままに口を衝いて出かけたその一言を辛うじて抑え込むと、会釈して詫びる篠の旋毛を微かに睥睨する。本当に生意気言うじゃねーか。ここまでやって骨折り損になるのは御免だなどと本意を伝えられる訳がなく、しばし目線を泳がせる。)   (3/20 21:18:12)
蕨/誌洲 > (間を置いて篠の慎ましやかな返答が舞い込んでくると、些か躊躇いがちに眼差しを滑らせた。できない約束への言及を避けている間に、ようやく肉まんを食べ切ったらしい。)「……ん、おうそうだな、それがいい。楽しむのが一番だ」(一先ず言質を得たことには安堵しつつも、恐らく沈黙は肯定だと解釈されているのだろう。構わないと言えば構わないが、折角の楽しみを享受する局面で約束を反故にされたと謂れなき糾弾を受けるのも興が削がれる気がした。どうしたものか。食後の眠気に襲われつつあった誌洲は背凭れに思い切り体重を預けていたが、一つ伸びをすると、木製の椅子が苦しげに軋むのも顧みずに軽く反動をつけて立ち上がった。)「……あれだ、製本……しに来いよ、暇な時に。……まずはこれ、片さねぇとだけどな」(篠の横をすり抜けて、作業途中の棚へと向かう。一時的に当初よりも散らばっている診療録の数々を見下ろすと、腰を屈めて紙の束を拾い上げた。)   (3/20 21:18:17)
蕨/誌洲 > (会話する機会さえあれば、こちらから尋ねるまでもなく自白させられる隙は自然と生じるだろう。氷原に至っては聞き出したことを口封じすればいいだけだ──それが端から各人を招いて感想を搾り取ることを本懐とする誌洲の導き出した楽観的な結論だった。時折内容を確かめながら、整序の済んでいるものから順に並べ立てていく。善意とか呼称される概念の中身は単純で、利他的な行動というのは幻想だ。詮ずるに、そうしなければ気が済まない己の為の振る舞いなのだ。……筍の方がよっぽどいいよな、食えるし旨い。小さく欠伸を零しながら、壮年の悪童は悪びれもせずに口元を綻ばせた。)〆【灰汁抜き】   (3/20 21:18:30)