誌洲&篠
曇天蕨/誌洲 > (――じゃあ、邪魔したな。そう心の中で呟くと、地に片膝をついていた誌洲は立ち上がって塵を払う。今や手を塞ぐ荷物は閉じられた傘だけで、藍色や橙、蘇芳といった鮮やかな供花と、あの晩開けられることのなかった一升瓶を携えていた詣で前と比べれば、気分が良いとは言えないが身軽にはなった。天を仰げば如何にも質量があるぞと主張しているような鈍色の雲が重く垂れ込める空、これでは日の傾き具合も確かめようがない。今日は雨か雪か霙か、未だ持ち堪えている様相ではあるが、何れにせよ外出日和とは予てより思えなかった。それでも次はいつになるか分からない暇日には違いなく、余計な持ち物が一つ増えるとしても、三人分の参拝を済ませてしまう好機と見て兵舎を発ったのだ。目的を果たした今、こんな場所に長居をする理由はどこを探しても見付からない。霊園の出口へ向かって歩みを進めていると、見覚えのある背格好の女がある墓前に佇立していた。眩しい単彩のリボンで纏められた黒髪はやはり既視感があり、はて誰だったかと記憶を手繰り寄せるまでもなく答えが弾き出される。数日前、昏倒しただとかで医務室に担ぎ込まれてきた兵だ、字を篠とか言う。) (2/21 22:21:18)
蕨/誌洲 > (本来なら逐一患者の顔や名前を覚えている程マメじゃないが、なし崩し的に経過観察中の彼女の半ば担当のようになっている現状がある上、初対面から珍しく印象に残ってはいた。大事には至らず目を覚ましたあいつの、飲み過ぎやら寝不足やらと言い訳するその訛りが酷かったからだ。――不意に目が合った気がして顔を逸らす。が、仮に錯覚だったとしても、最早背後を素通りして帰途に就くのはあまりにも不自然だった。……今の所枷にしかなっていないこの差し傘が本分を全うしていれば、こんなことにはなっていなかったかも知れない。内心苦々しく思う気持ちはあれど、観念したように誌洲は軽く手を掲げた。)「……あー、偶然。お前も墓参りか。……こんな所まで来られるなら、調子は……まぁ、悪くはなさそうだな」(故人を偲ぶ時間に水を差す無粋者に成り下がるのも気が咎めたが、そんなことは今更だと幾らでも開き直れる。とは言えもしこいつが腐してくるのなら、誰が診てやってんだと踏ん反り返ってやろう……どの道、乗り掛かった船だ。光源も陰影も曖昧な昼下がり、空模様と似たような色の石碑に刻まれた文字を覗き見ようと、身体の重心を斜めに偏らせた。) (2/21 22:21:24)
マリア/篠 > (まあるく身の詰まった芯を中心に舌状の花弁がくっついた、野花らしい趣を放つ小さな寒菊があった。顔を寄せ合うようにした幾つもの花弁がひとつの束になっているところに、控えめな団子鼻をとってつけたような、決してお世辞にも弓のようであるとか、月のようであるとかいった装飾は似合わない、しかしどことなく稚気の漂う、まんじゅうのような横顔が近寄った。砂利を踏みしめる足音に饅頭顔の女は花粉で黄色く染まった鼻先をはっと上げ、音の方をちらと見る。その時、目が合った。)「……っあ」(曇り空が放つ一辺倒な光を受け、露光したように一瞬、眼鏡が反射したようだった。瞬きの間には既に顔を逸らされており、寒菊を持ったまま、声を掛けようかと立ち竦む。その後、控えめに上げられた手にほっとしたように女は頬の筋肉を緩めた。)「……あぁ、誌洲先生。」(つい先日、世話をかけてしまったばかりの巫子の男性。診療は淡々と進み、決して必要以上に距離を縮めた訳でもない間柄であるが、多少の縁とて他生の縁には違いなく、つまりは既に顔見知りであった。)「へぇ。同僚ん墓参りに……。ええ、おかげさまで。そん節はあいがともしゃげもした。」 (2/22 00:38:49)
マリア/篠 > (深々と頭を下げると、一つに結んだ髪と縮緬のりぼんが馬の尻尾のように、肩へぱさりと垂れ下がる。女が遮っていた墓の全容はその間だけ、あなたの眼前に顕になるだろう。石を積んだ灯籠型の庶民的な墓石で、家紋等もなく人目で誰のとは解らないものであった。)「誌洲先生も、お墓参りとですか?……あー……」(こんなご時世で、気軽に”誰の”とは聞きづらいような気がした。自分だってそうなのだから、つい最近亡くなった人なのかもしれない。無闇に傷を抉る加害者にはなりたくなくて、逸らせそうな話題を探して目を泳がせた。)「そ、そうじゃ!こないだ医務室に寄ったんじゃけでらっしゃらんで、少尉とお会いしたんです。みかん、お口に合えばよかでしたけど。」(こんな場所で弾けるような笑顔は似つかわしくない。口角を上げるだけの控えめな笑みを向けてから、菊の束を墓前に置く為、その場に屈むようにして、地から腰を浮かしたまま座った。) (2/22 00:38:55)
蕨/誌洲 > (身を傾げて読もうとした文字は存在しなかった。篠が丁寧な御辞儀を披露している束の間、視認することが叶ったのは大衆的な石灯籠だった。何の変哲もないと言えば聞こえが悪いが、実際にこれといった特徴は見て取れず、その墓標からは情報の断片すら得られそうにない。元より詮索するつもりなどなかったものの、棒立ちに戻った自分が推察するまでもなく篠自身の口から語られた内容によれば、それは同僚のものであるらしかった。なるほど、妥当な所だ。)「……まぁな。散策で墓場に来るほど悪趣味に見えるか?……ハッ、見えるかもな。でもちげえよ、もう終わらせたから手ぶらだけど。……俺は……そうだな、数人……知り合いに詣でただけだ」 (2/22 04:19:56)
蕨/誌洲 > (手ぶらと言ったのは言葉の綾で、実際には荷厄介な長物を携えているが……それは兎も角、気不味さと配慮が入り混じったその殊勝な態度に便乗して、少々多弁に陥った。目線を篠同様宙に漂わせながら、言外に尋ねられたも同然の問いに濁った答えを搾り出してみる。返事を強制されなかったから、また彼女の相手を知らされたからこその試みではあったが、結局治すことが出来ずにただ看取るだけとなった対象を患者と呼称することも堪え難く、随分漠然とした回答になってしまった。歯切れの悪さのままに唇を噤む。彼女が蹲み込み、自身の柳髪を結わえる縮緬と同じ色の纏められた菊を供えている間、沈黙を守ると共にわざとらしく転換された話題に思考を巡らせていた。)「あぁ……みかんな、氷原……少尉から受け取ったよ。俺でも食える丁度良い水準だったわ……包丁持つのはだりーからな」 (2/22 04:20:04)
蕨/誌洲 > (刀よりずっと軽い筈の包丁を握る方が七面倒に思えるのは、性質だの習慣だのといった普遍的な結論に落ち着くのが関の山だろう。医務室を蛻の殻にしておくのが宜しくないのは重々承知しているが、そうも言ってられない事態はまま起こり得る。篠の言うこないだも急患で駆り出され、俺を含む巫覡は出払ってしまっていた。しかし、氷原が訪ねて来ており、取り次いでくれたのは好都合だったと言える。率直に助かった。もし篠をずっと待たせていれば、多少の罪悪感を抱く羽目になっていたかも知れない。……いや、別に坊っちゃんなら待たせてもいいと思っている訳じゃないが。それに、あいつだってみかんの相伴に与れたんだし。)「……ところで、付いてるぞ。鼻。花粉じゃね」(ずっと気に掛かっていたが、どうやら本人が認識する兆しが感じられないので指摘する。流石に人の顔面、それも女となれば鼻先に指を突き付けるのは憚られて、代わりに自分のそれを使って示した。次いでごそごそと衣嚢を弄ると折り畳まれた白い手巾を取り出し、形を真四角に整え直してから差し出す。)「……使うか?持ってるならいいけど」 (2/22 04:20:12)
マリア/篠 > (話題を逸らそうという篠のもくろみは、半分成功といったところに着地しただろうか。少し棘のある気がしないでもない口調で語られた墓の主についての話を受け、しかし何の化学変化も起きる事はなく、ただ困ったように眉を下げていた。彼女は勝手に悪意を見出して傷つく程繊細な人間でもない。困った顔の訳はただ、『どう返せばいいのだろう』という由無き口不調法だった。自虐にしては隙がなく、皮肉にしては華がない──と言っては失礼だろうけれど、とにかく、誌洲の言葉にそういった意図を感じなかったから。どことなくまだあなたとの距離感を掴みかねて、”一兵士かつ一患者”というペルソナに似つかわしい正解をついぞ見つける事はできなかった。)「……あ!まこちですか。そこまで考えた訳じゃらせんかったんじゃけど、兎に角良かったです。迷惑じゃなくて。」 (2/22 19:37:00)
マリア/篠 > (そのまま流れるように世間話へと切り替われば、先程の取り留めない逡巡はきれいさっぱりと忘れられる。不思議なもので、いかなるよもやま話でも交わせば交わしただけ人の印象をかたどるのに役だつようだった。『誌洲先生は、なんか、こういう人なんじゃなあ。』と決めつける事が出来さえすれば、少なくとも自分の中ではいちいち正解に迷わずに済む。それを人は、”距離が縮まる”と言うのだろう。寒菊を墓前に供えて立ち上がり一瞬逸らした顔を誌洲へ向け直すと、俄に指摘された粗相に目を丸くして、ぱっと両手で鼻を隠した。)「えっ!?」(手巾を差し出されて、あちゃ~と目をきゅっと瞑った。)「わぁ、あいがとごわす。も、持っちょっ……」(思わず飛び出た父譲りの強い訛り。”ごわす”だなんて、使わなくなってから何年立つか解らないまるで女らしくない響きに内心慌てながらも、袂から手ぬぐいを取り出して鼻をさささ、と拭く事で焦燥も取り払おうとした。) (2/22 19:37:09)
マリア/篠 > 「……へへへ…げんなかぁ。……と、ところで、字を呼び捨てにすっなんて、誌洲先生はずいぶん少尉と仲がよろしかんやなあ。それとも巫子の先生には、階級なんて関係なかとですかね。」(気さくなのは果たして、誌洲巫子のほうであるのか、氷原少尉のほうであるのか。……この間はじめてまともに言葉を交わしただけの間柄であるが、少尉が気さくなのだと言われればそれはそれですんなりと納得できる。落ちたみかんを食べて喜んで、表情はちっとも変わらないくせに感情を隠せない、なんだか可愛い人だったから。) (2/22 19:37:15)
蕨/誌洲 > (凡そ他人から自分がどう見えるかなどという衆目を唾棄するようになって久しい誌洲は、篠の僅かな困惑の気配にすらも頓着せずにいた。慌ただしく私物の手拭で自身が指し示した鼻端を覆う様を見、差し伸べた手巾をぐしゃりと衣嚢へ押し込み戻す。何となくこいつなら袖で拭きかねない気がしたが、どうやら杞憂だったようだ。それを言い添えていたら邪推だと反駁されていただろうか。まあ、暫定的とは言え篠は俺の患者である。それが凝り固まるより早く、じきにその枠組から去っていくことが容易に予測出来るからこそ、このように柄にもないお節介を焼いてみたのかも知れない。実に、誌洲にとって患者とは、その箱に留まっている内はその他大勢よりも格別に重きを置くべき存在に相違なかった。)「……仲が良いっつうかな……まぁ、奇縁だよ。……同郷でな。軍職に就いてからは受け持ってる」 (2/22 23:32:38)
蕨/誌洲 > (巫覡の間では殆ど周知の事実でも、篠のような一兵卒、それも通常であればその身に健康を漲らせていることが想像に難くないような人間には、俺と氷原との関係性が耳朶に触れる機会などないのだろう。氷原についてはまさに縁で取り囲まれた一人だが、長く繋がりを持っているとなると、それはそれで相関に変容が生じてくる。簡潔な説明以上のことを浅慮にも語る気にはなれなかった。)「……どーもそそっかしいな、お前。そんなんで、……英霊の手前、心配されんじゃねーの」(言うに事欠いて口を衝いて出たその語句に、自業自得ながら鼻白む心地がした。骨導音の反響をなぞるようにして焦点がその単語へとずれていく。“英霊”。それは恐らく、兵と銘打たれた馬鹿共にとって極めて抗いがたい魅惑を孕んだ言葉なのだろう。先刻まで手を埋めていた供物を献げてきた三人――羽瀬と螢一、それから初風も、めでたくその仲間入りを果たせた訳だ。一体何度繰り返したことだろうか、再びその晴れ姿と己の敗北感とが想起され、無意識の内に眉間に皺を寄せる。その澱みを誤魔化すようにして、襟巻きの中側、項辺りを掻きながら心の中で嘆息した。) (2/22 23:32:43)
陛下/篠 > 「奇縁ですか……。へえ、同郷!少尉は寒んか所んご出身とお伺いしもした、先生もとぁ……なんか似合うちょりますねえ。」(へらへらと丸っこい愛想を振りまいて、一度は気まずさの低迷を見せたような話題選びはすっかり予定調和な世間話に成り代わったかと思えた。少尉と目の前の巫子の関係などもとより詮索する気はなく、なにか微笑ましい話でも聞けないだろうかと思っていただけの事なのだ。それが再び、墓地という場所に居るせいだろうか、あるいはとっくに日常を戦争に支配されているせいだろうか。強い引力によって、やはり重苦しさを漂わせる何かに引き戻されていった。)「……あはは。そうですねえ。」(冷や水を浴びせられたような気分とでも言うのだろうか。そういったものを自分以上に感じているのであろう誌洲の心の内など露知らぬまま、一辺倒な光を放つ曇天に顔を照らしつけさせた。)「……ほんのこて、そう思いもす。」 (2/23 02:33:49)
陛下/篠 > (少し挨拶をして、それでそつなく別れるのだろうと思われた奇遇は、もう切り上げる事など思いつかない深みと追いやられていた。更に言えばそれが存外嫌でもなかったから、きっといつのまにか興味を惹かれてしまっているのだろう。こんな所で上滑りな配慮気取りなど今更だ。改めて、気になっていた事に切り込んでみようと思った。)「……お知り合いって、私達と同じ軍人ですよねえ。先生んごた仕事に就いちょったら、看取っ事も多かんやろうと思いますけど…………変な事聞いてよかですか?」(天を仰いでいた視線を墓へと移し、さして淀む事なくその続きを篠は言ってのけた。)「慣れたとですか?人が死ん事。先生んごつ人をたくさん看取れば、私もそのうち慣るっとですかね?」 (2/23 02:33:57)
蕨/誌洲 > (概ね普段は白手袋に納められてばかりの節の浮いた指が、襟首を離れて毛織物から引き抜かれる。体温が堰き止められた内部に置くことで僅かばかり戻ってきた皮膚感覚は、境界線を跨いで凍みるような外気に触れた途端、忽ち霧散した。篠が入軍してどれだけ経つのかを知る謂れなどないが、こいつも遺され続けてきた側の人間であろうことは推察するに及ばない。総じてこの世の生命は、ただの一度も死んだことがないから生きているのだ。自身は此岸に押し止められたまま同胞を見送り続け、生き永らえ死に遅れて、今こうして慰霊するに至っている筈じゃないか。篠からの評価なぞどうだって良くても、自分から他者に対する鑑別は誌洲にとって必要だった。) (2/23 08:23:33)
蕨/誌洲 > 「……あ?」(前置きからして、嗅覚ではなく第六感が漂うきな臭さを告げる。そのせいか碌に相槌とも呼べないような険のある声が漏れた。篠が琥珀色の双眸を伏せるようにして落とした視線を追うと、やはりその先には何の飾り気も見受けられない石灯籠が鎮座している。がらんどうの霊園では遮る音もなく、淡々と放たれた問い掛けはちりと誌洲の胸を炙った。火が灯ることのない篝を俯瞰していた眼差しは、徐に自身の患者を睥睨し、一文字に結ばれていた唇が解かれる。)「…………。お前はどうよ?軍人やってりゃ、二、三人どころじゃ済まないだろ。その菊も買い慣れたもんじゃないのか?……その辺の民間人と比べて、どうだ、人の死に鈍感になったと思うか?寧ろ、なってないと言い切れるか?いつまでも新鮮な悲しみを味わえてるなら、そりゃ感受性が豊かで結構なことだ。……向いてねぇよ、兵士」 (2/23 08:23:39)
蕨/誌洲 > (話し始めは篠同様に恬然としていた語調が、段々と上擦って熱を帯びてくるようだった。終いには吐き捨てるように囁いた一言を含め、己の口から迸った言葉の数々がすっかり乾涸びた自分に微かながら残っているらしい軟質に沁みる。腹が立つよりも、安堵の方が優った。)「……俺は、磨耗を自覚する為にここに来てる。……枕が長くなったな。個人的な経験から言えば、答えはこうだ。嫌でも慣れる」(自分の墓の目の前で鬱陶しいこと甚だしい立ち話をされて、果たして篠の同僚とやらはどう思っているだろうか。幸いなことに幽霊を見たことはないが、少なくとも鼠色の風景を健気に彩る献げられた霜見草は不憫に感じられた。) (2/23 08:23:46)
マリア/篠 > (誌洲の返答を耳の奥に染み渡らせて、我ながら何故こんな事を聞こうと思ったのだろうと篠は思った。言葉が先んじては後から『ああ、そうだったのか』と自らの心を省みる羽目になるのはとりわけ右脳に傾きやすい直情的な人種にとって珍しい事でもないのかもしれない。その場の空気で手近なものを掴んでは、偶然の恩恵を受けて生きていく。そうして流れは産まれて消えるのだ。)「……」 (2/23 20:39:34)
マリア/篠 > (────『どうだ』────『言い切れるか?』─────『向いてねぇよ』……誌洲の言葉は、決して篠の化けの皮を剥がそうと躍起になって放たれたものではないだろう。向いてないと暗に言われて傷つくようでは、とっくに軍人など辞めているのも事実で。一生懸命に考えてみせてもきっとあなたを納得させたり興味を惹くような回答はできないだろうからと、墓石を見つめながら曖昧に微笑む。自論を引き合いに出してもっともらしい事を言う事すらも、篠にとっては慣れたものではなかった。言葉に忍ばせた棘に気づけば、人の心に土足で踏み込むように距離感を図り間違えた己の失態に気づくだろう。だけれども、まだ話は終わっていない。終わっていないから、誌洲問いに対して自分なりに浮かぶ答えを感覚的に捉えた。)「磨耗ですかぁ……。そりゃあどういう……?ちょっと、むずかしかです……。誌洲先生は慣るって事に、罪悪感を感じてらっしゃんとね?」(決めつけたいという意図がある訳ではなく、彼女にとっての静かな答え合わせのようなものだった。偶然にはじき出された解に、あなたはまるをつけてもばつをつけても、どちらでも構わない。) (2/23 20:39:43)
マリア/篠 > 「私も慣れたいっとは思うちょらんです。慣る事を恥じてよかとおっしゃっとなら、むしろ安心出来っじゃ。……どげん泣いても故人には届かんで、自分の為ん涙になってしまうんじゃっで。そげん、拙か感傷を抱えゆだけの人間臭さを、私達まだ持っちょってもよかですかねぇ……。いや、そげな事、人に聞くもんじゃらせんか。忘れてくれてよかです。」(風に晒されて冷たくなった石造りの外柵にそっと手を触れ、『買い慣れたもんじゃないのか』と言う問いに、遅ればせながらまたひとつ、答えをはじき出す。)「……この菊はですねぇ。」 (2/23 20:39:52)
マリア/篠 > 「買うたんじゃなくて、摘んだんです。────明松くんってゆんですよ、こん人。」(風に煽られて眼前をちらつく横髪を、ふるふると首を振って払う。視線は墓から、黄色い寒菊へとうつる。)「戦争中じゃからなんですかね。知り合いん訃報を聞いても、気ん毒やったなて思うだけで、死ん際を見らん限りずっと現実味はありもはん。じゃっどん明松くんは…………私が助けてあげられたかもしれん人じゃったで、償わなんな私がやってられんとですよ。知り合い以上やったかと言わるっと、微妙なところじゃけど。……────嫁に欲しかと言われとったんです。」(話しながら、あまりにも押し付けがましく自分語りを繰り広げている事には気づいていた。だけどここが明松その人の墓前であるという意識が、話しを中途半端な所で切り上げる事を拒む。このままじゃ、まるで明松が望まない形で誌洲の中に彼を印象付けてしまいそうだったから。)「本心かどうか、酒に酔って言ったのか、今となっては解りもはん。じゃっど、まんざらでもなかったですよ。私は好きな人が居っでちゅうて、ことわりましたけど。そのうちに───明松くん、もう会えん人になりもした。」 (2/23 20:40:06)
マリア/篠 > (ようやく立ち上がり墓から目を逸らしたけれど、まだ誌洲の目を見る事は出来なかった。砂利も空も、一面の墓すらもねずみ色のこの景色の中で、目を引く柿渋色の傘の閉じられている姿をじっと見つめていた。)「色恋とか結婚とかは、もうどうでもよかですよ。あっちがだめならこっち、なんて思ゆ程図々しくもなかですし。じゃっどん、明松くんが死んでから、好いちょったはずの人ん事なんてこれっぽっちも思い出さんで。きっと、子供んごつ片思いしてたかったんじゃなあって。……ぐずぐずしちょった自分が情けなって、どげん思いを向ければよかかも解らんじゃ。いっそ恋しちょったら、私が死ぬまで墓ん中のこん人に片思いできたじゃろうに。」 (2/23 20:40:13)
蕨/誌洲 > (『罪悪感を感じてらっしゃんとね?』――違うとがなりそうになるのを辛うじて踏み堪えさせたのは、寂寞とした墓地を取り巻く雰囲気か、訛り言葉に付き纏う彼女の純朴さか、それとも自身の頭蓋に響く内なる声か。密かに食い縛られた奥歯は軋みの一つすら発しない代わりに耳鳴りが谺する。不快極まりないモスキート音の中で、従容と語る篠の声色は穏やかにさえ聞こえた。誰が見たって感傷の浅瀬に爪先を浸している、憂いの水と戯れる彼女の佇まいと息遣いは、不思議と誌洲の憤懣を煽ることなくただ戦がせた。――明松。墓碑がなければ刻まれてもいないその字が、石灯籠に祀られたその人なのか。風聞の類に疎い自分でも、噂好きの巫女が嬉々としてささめき合っていたのが記憶に新しかった。イモータルと心中した兵がいる、と。篠に惚れていたのか。なのに、どうしてよりによって人ならざる存在と情死するなんて幕切れに行き着くんだ。) (2/24 01:51:57)
蕨/誌洲 > (恐らく正答など既に失われてしまった謎解きに思いを馳せたのは、辟易したからじゃない。ただ、似ても似つかない筈の深緋の長髪と、目の前の束ねられた翡翠の髪状がどうしようもなく重複して見えた。敵国の巫子や元将官に胸襟を開けという方が無理筋だったのは分かっている。王国に送還された今、真意を披瀝できる相手があいつにもいるだろうか。)「…………。……それで、終わりか?」(篠はともかく、俺が物思いに耽るのはいい加減にしたかった。幾許かの沈黙が場を支配した所へぽつりと落とされた一言は、決して慈悲深くはなくともそれ以外の響きを含んではいない。何度か瞼を瞬かせ、現実の視界に、眼前に立ち尽くす女へと焦点を合わせ直す。今度ばかりは錯覚でもなく明確にぶつからない目線を一方的に差し向ける頃には、ささくれ立っていた誌洲の神経は殆ど凪いでいた。)「……俺は、精神までは診てやれねーぞ。……けどまぁ、痛み分けっつーかな……共有すれば、人ってのは楽になるように出来てるらしい」 (2/24 01:52:04)
蕨/誌洲 > (一連の物語は当て所無く流れ出たのであって、自分に上澄みだけの助言や慰めを求めている訳じゃない筈だ。まあ元より、この歳で独り身の男に色恋沙汰や乙女の繊細な情緒に配慮した適切な訓戒など期待されたって出来ないだろう。それに、能否に拘らずする気もない。……こんな所まで来て、仕事をする羽目になるとは思わなかった。不意に俯きながら、独白染みた呟きを唇だけが微かに象る。『まぁ……いい。これで最後だ』。次の瞬間には頭を擡げると、口から出たのは医学用語だった。)「……構音障害なし、運動麻痺も認められない。顔色も……まあ、平常の範囲だな。……てことで、あー、篠。お前は快癒。もう来なくていいぞ」(通告すると共にとうに冷え切った指先を擦り合わせるが、乾燥した微音を立てるばかりで碌に温まりもしない。仕方なく羽織の袖で覆うようにしてから、眦を細めて視線をはぐらかした。――点と点が線で繋がっても、清々とするどころか、後味が良くないこともあるものだ。)「……酒、飲み過ぎるくらい余ってるなら、墓前に供えてやれよ。向こうじゃ二日酔いもないだろうしな」 (2/24 01:52:10)
マリア/篠 > (最後の一言は蛇足だっただろうか。まるで鍵付き日記のキイを勢いで渡してしまったようなどこか後ろめたい面映ゆさに、頬はほろ苦い恥じらいの色を差して応える。)「……すみもはん。」(誌洲の言葉は依然静的であり、不思議と篠を非難するような声色は見受けられなかったが、それでも自己弁護混じりの私情の吐露に付き合わせた事に対して、曲がりなりにようやく”一般兵兼患者”の辨えるべきペルソナを取り戻した。目の前の誌洲という巫子は突っ慳貪に見えても、毛ほどの人情味すら持ち合わせていないという訳でもないらしい。続くシンプルなアドバイスを、篠は黙許と捉えた。) (2/24 20:11:46)
マリア/篠 > 「へ?」(最後だ、の言葉にようやく、朱の混じり入った顔をぱっと上げる。先程は反射して見る事が能わなかった眼鏡の奥の梅色の瞳に、思わずぎくりとする。そう言えばこの人は、こんな目の色をしていたのか。冷たい風に靡く髪越しにちらつくグラスコードは軽く揺れるだけで、びたりと煽られやしないまま誌洲の瞳に梢のような色を添えている。北国の出身が似合うなんていう上辺の評価に入った更新は、本日のヘッドライン。『誌洲先生は、なんか────砥石のような人かもしれん。』平らで起伏のない、真四角の硬い質感。だけど摩擦を悪しとはせず、触ればざらついた表面は決して野箆坊ではない。自分は角があるくせに、彼が日々取り組んでいる職務は、間違いなく患者達の痛みを丸くしているに違いないのだ。巫子をやっているという事が、何よりもの証左だろう。) (2/24 20:11:53)
マリア/篠 > 「……”快癒”とですか。先生に言われたや、『はい』ちゅうしかなかねぇ。先生、魔術師ですね……へへ。」(心の痛みまでは治さない。その言葉が却って有り難かった。明松の事や、これから覚えるであろう数々の遣る方無い理不尽。それらを抱えたまま、消化も昇華もせずに篠はのうのうと生きるのだ。)「しばらくは禁酒ですよ。─────飲みしろも馬鹿になりもはんで。」(軍人らしい敬礼を披露してみせ、篠は頬をぷっくりと持ち上げて、にっと笑った。) (『お天道様、まだ私達を照らしつけんでいてくれて、あいがともしゃげもした。』)〆【曇天】 (2/24 20:11:59)