ターラ

努々

清瀬/ターラ > (青天と一面の若草、囀ずるのは小さな駒鳥。ほどいた髪を風に拐わせて、白のワンピースを可憐に靡かせる。そんな楽園を頭の中で霞掛けながら、瞳はくすんだ天井を映す。夢現、ついさっきまでは煌めきの少女であった。あの心地好い世界をもう一度。物語に憧れた少女は夢に恋い焦がれて簡単に瞳を閉ざす。毎日繰り返す睡眠と違って眠気を誘わない夢はどうにも居心地が悪く、再び理想の園へとお呼ばれすることはできなかった。起き上がろうとすると腹部を釣り針で引っ張られたように痛くて、乾燥した喉からは小さな悲鳴がしゃがれて漏れる。何もかも抜け落ちた頭に自身の怪我という要素が教えられた。寝ていたベッドが軋んだからか、私が目覚めたことに気がついた司祭が此方へと寄ってくる。『──もう丸一日も寝てたのよ、貴方。整備士の捜索に行ったと思ったらこんな仕事をもって帰ってきてくれて、有難い話ね。まだ傷が塞がってないんだから大人しく寝てなさい』)   (2/20 18:08:24)
清瀬/ターラ > 「……え、一日ずっと?……私そんなに…」(お喋りな司祭は隣のベッドの掛け布団を直しながら、水分の少ない茶色の毛先を皹にやられた指先で弄んで小言をたれる。上体を起こそうとマットレスのシーツを歪ませていた左手を元に直して、女司祭の作業を見つめながら記憶を辿っていく。此方から聞かずとも何があったかを話してくれる彼女の言葉に助けられながら、ここにやって来る前にあったことを段々と思い出していた。袋を被った奇妙な化け物からディランを救出しようと意気込んでいたこと。自らの為に作って貰った加農砲と内蔵式の短剣を紛失してしまったこと。歪な十字の形に引かれた切り傷は随分と痛んで、それを隠していたら怒られてしまったこと。途中から司祭の話などは耳に入らなくなって、代わりに罪悪感ばかりが体を黒い煤のように塗っていく。『──傷口が痛むの?魔術もあまり万能じゃないの、鎮痛には今のところ薬しか方法がないわよ。…それとも、そういうのに通じてる司祭を呼びましょうか?』)   (2/20 18:08:29)
清瀬/ターラ > 「っ!……あ、もう大分痛みはひきました。ごめんなさい、本当に有難う御座います」(ディランと私、当事者しか知らないやり取りの筈なのに、誰かが伝書鳩を飛ばしているように背景を透視した言葉。やはり霊性に恵まれた人というのは魔術師としても優秀なのだろう。私の武器は声ではなく野蛮な無機物、聲を剣に変えることはなかったならず者。いくら紙の束に目を通したところで、才能というのはどうにもならない物なのだろうか。夜更けにランプを灯して椅子に踞る自分は、今の私から言わせると酷く滑稽であった。文字は魔術師にとって学ぶものではないのだろう。あの時の騎士団長の言葉が耳の奥で谺する。……彼女には悪いが機械騎士ごときが一般騎士と対等になんてなれる筈がない、戦う為に私達は手を塞がなくてはならないのだ。こんなことは口が裂けても言えないし、正義感にかられた誰かに謗られるのがオチだろう。私だってこんなことは思いたくない、私の唯一できることを、努力を自ら殺してしまうのだから。)   (2/20 18:08:47)
清瀬/ターラ > 「……あの、此処に何方か、私が起きる前にいらっしゃったり…しませんでした?」(嫌悪と被害妄想の泥沼に沈んでしまいそうな心に気がついて、心臓が軽く外側へと引き上げられる。途端に視界のみが水中から鮮明な地上へと移り変わって、透明な、視える気体の中を揺蕩う感覚に苛まれながら、脈絡もなく司祭に尋ねた。ふと今自分が居る場所が気になって、初めて辺りに意識を向ける。薄い空色のカーテンが仕切りとして並び、窓という額縁から見える風景は今まで目にしたどの作品でもない。医療棟か何かに連れて来られたのだろうか、数人居る司祭は皆女性で、きっとディランは別の部屋に連行された筈。彼だって体調は優れなかっただろうに、逆に手助けをされてしまったことが申し訳なかった。懐疑的な視線の後に少しおいて司祭が答える。『──特に居なかったわね。それに今は面会を禁止してるから、貴方の怪我がもう少しよくなるまでは残念ながら私たちが話し相手よ。……誰か会いたい人でも居るの?』)   (2/20 18:09:03)
清瀬/ターラ > 「あっ……いえ、何でも。もし何方かいらしてたら申し訳ないことをしたなぁ、と」(どこまで考えても稚拙な私の頭では立派な正解は出ない。やるせなさにため息を吐くと僅かに首を傾けて、垂れた前髪を左手で耳に掛けた。白い清潔な病衣服の下には夥しく巻かれた包帯、隠された腹の鈍く殴られ続ける感覚はもう慣れてしまった。さっきの夢の中の私を再現した姿であったが、現実の私は可愛さの欠片もない貌。こんなにも無力な私は、やはり戦争になんて出ることはできないのだろうか。此処で出来ることを探すことができないまま、家族にみっともない顔を晒しに帰らなければならないのだろうか。傷付くことが悪であるならば、強くなければいけない。どこまで行っても私には努力の怨念が憑いてくる。何度も落ち込んでいるうちに瞼は重くなって、鉛のような全身を睡眠の下に沈めるまでに時間は要らなかった。戦火に炙られる世の中という設問は、劣等で普遍的な彼女には難し過ぎた。)【努々】   (2/20 18:09:20)