篠&鬼若

遺された者達

マリア/篠 > (大佐が、帰還した。――明松捜索の結果が大団円という訳ではなさそうなのは、彼が自分に接触して来なかった事から明らかだった。見つからなかったのか。変わり果ててしまったのか。いくつもの憶測をしたけれど、きっと死んだ訳じゃないだろうと決め打っては頭の隅に追いやって、自分も大佐に接触することを避けていた。いや、きっと、解っていたのだろう。尉官あたりの上司が我々の部隊を呼び止めて、『実は明松がな』と言ったところで、その続きは聞かなくとも解ってしまったのだから。――ショックは受けたが、篠にとってはまだ現実味のない話だった。付き合いは長かったが、親友だったかと言われればそうでもない。嫁に欲しいと言われた時は照れたし、うれしいと思ったが、好きあっていたわけでもない。何より軍人なのだから、仲間が減るのには慣れているのだし。そういった思いがまだ、篠を深い悲しみから遠ざけていた。   (2/6 21:39:07)
マリア/篠 > ただ思い切り泣いて弔う事すらもできない不完全燃焼が、篠の心に明松という人の影を落として、墨が広がるようにじわりじわりと侵食していった。まだ篠は自分の痛みにすら気づいてやれないまま、悲しみを悲しみとも認める事が出来ないままに、静かに、静かに溺れていった。)「―――……ぅ…………大佐……ぁ……」(自室で目をさました時、ひどい匂いが鼻についた。酒瓶がそこら中に転がっており、ゴミで足の踏み場もない。うっ、とこみ上げる吐き気に口元を抑え、何度も嚥下しながら這うように入り口の扉まで進んで、篠はそこで力尽きた。ここ数日は、ずっとこんな感じだ。)   (2/6 21:39:12)


大和守/鬼若 > (ーーどうにも、苦しくて仕方がない。あの日から、ぽっかりと心に穴が空いたような。ずっとそんな気持ちに囚われているのだ。その原因は鬼若自身でも分かっている。明松という彼の存在が嵌まっていた箇所が、死というものにより抜け落ちてしまったのだから。何にも手がつけられず、数日が経つ。そんな中で浮かんだのが、篠の事だ。どうにも顔を合わせる事も何もかもを避けようとして、彼の事も言えていなかった。言わなくては、いけないだろう。ちゃんと、向き合わなくては。ぽつぽつと浮かんだその感情だけに動かされ、何時の間にやら彼女の部屋の前に居たのだった。)「…………鬼若だ。……篠、明松の事で話したい事が、あって……来たのだが。今、大丈夫だろうか」(扉を数回叩く。言葉を何とか絞り出し、恐らく扉の向こうに居るであろう貴女に声を掛ける。貴女がもう彼が死んだ事を知っているだなんて、鬼若は知らない。知れる程の余裕もなかった。だからこそ、傷付いた貴女の心に追い討ちを掛ける様な事をしに来てしまったのだが。声を掛けた後はそのまま待つしかない。ーー出て、くれるだろうか。)   (2/6 21:55:13)

マリア/篠 > (ノックの音が部屋に鳴り響いた。ぼーっとした頭で聞いた声は、先程無意識に名前を呼んだあの人ものに似ていた。何と返事をすればいいかも解らない中で、なんとか『はい』とだけ答える。腹の中を吐いてしまえば楽になるかもしれないけれど、理性が邪魔をして何もかもうまくいかなかった。)「……今は…………ちょっと………部屋が散らかっとっで……っえう、……」(えずきながら這い上がり、ドアノブに手をかけようとして、そのままずるずるとまた、床に滑り落ちた。)   (2/6 22:03:00)


大和守/鬼若 > (中から、まるで呻く様な……精神的にもギリギリだと判断できる様な、そんな声が返ってくる。先ずその声にぎょっと驚き、続いて響いた崩れ落ちる様な音を聞いては、そのまま待っている事など出来なくなる。ドアノブに手を掛け、引く。鍵は掛かっていなかった様ですんなりと開き、その部屋の中には……。)「…………篠……!? ど、どうしたのだ、一体っ……」(先述の通り、貴女が彼の死を既に知っている事を鬼若は把握していない。故に何故彼女がこんな状態になっているかだなんて理由が分からず、屈み、貴女の体を軽く揺すりながら声を掛ける。周りに落ちている酒瓶を見れば少しは状態が予測できたかもしれないが、そんな余裕すら無かった。ただ、倒れている貴女の事が心配で。珍しく、表情には焦りと不安が浮かんでいたのだった。)   (2/6 22:22:22)


マリア/篠 > (扉が開けられ、光が差し込んだ瞬間も、篠は申し訳無さそうに身を縮こまらせて横たわる事しかできなかった。申し訳なくて、また身体が苦しくて否応にもせり上がる涙を溢れさせるままに、あなたの顔を見る。)「……大佐……お見苦しかもんをお見せして、す、すみませ、う、うぇえ……」(最悪の状況を見られてしまったとは思ったが、どこかほっとしている自分もいた。紛れもなく篠は彼に助けを求めて、そしてその魔術は届いたのだ。)「……大丈夫です、ちょっと飲みすぎただけです……っうぇ、あ……2日も寝れば、仕事はできっですから…………戦争ですか?あぁ。ふへ……行きもす、はい。」   (2/6 22:37:38)
マリア/篠 > (ぐしゃぐしゃに濡れた顔で力なく笑いながら、無意味でも取り繕って虚勢を張ってみせた。そうしたかったと言うよりは、そうする他の選択肢が見つからなかった。何があったと言われても、篠はきっと明松を引き合いにすら出さないだろう。積み重なっていたものに限界を訪れさせたきっかけが明松の存在だったというだけで、彼のせいでもなければ、自分はそれにショックを受ける筋合いもない存在なのだ。ただ、一つ思うのは……戦場で死んでいれば、誰もが彼を英霊だと認めて、弔ったろうにということ。死してなお軍人として遺された者に誇りを預け、誰かが彼の続きをやれただろうに。彼の人となりを知っている人間は少ない訳ではなかったろうが、ひっそりと幕を閉じた明松の人生を思うと、弔い方すらも解らなくて、酒に溺れてみせたのは、恐らく――明松の事をこのまま何事もなく忘れたくはない気持ちの発露でしかないのだろう。)   (2/6 22:37:45)


大和守/鬼若 > 「…………なぁ、篠……。……間違っていたら、悪いのだが、……」(まるで、取り繕うかのような姿を見て。無理をしている様な貴女を見て。もしかしたら、と一つ浮かんだ。ただ飲み過ぎただけだと言っていたが、それだけでこんな状態に陥るのかと。何かを決定的に崩してしまった大きな出来事があったのではないかと。そう思い至らせるのに時間は掛からなかった。しかし言ってもいいのかと。もしもそうなのであれば、更に貴女の心を傷付けるかもしれない。だが、それでも。言わなければ、聞かなければいけないと。恐る恐るといった様子で、鬼若は貴女に向けて。)「……明松の事を、既に知っておるのか?」(──そう、口にしてしまった。明松の事。自分で言っておいて、それが余計に己の傷を抉って。込み上げるモノを止める事も出来ず、ほろほろと涙を溢してしまっていた。部下の前でこんな姿を晒してしまうなど、情けないとは思ってしまう。だが、自分で思っていたよりも傷は深かったらしい。どうしようもなく、鬼若は泣いていた。)   (2/7 12:17:56)


マリア/篠. > (鬼若の言葉を耳にして、篠は重たく伏せていたまぶたを静かにはっと見開いた。)「……はい……」(さめざめと涙を流す彼の姿を見て、少しばかり酔いが覚めて冴えるようだった。)「大佐……」「大佐でも……大佐でも泣くとですか。」(うるうると、目に涙が溜まっていく。抑えていたものが溢れるようだった。)「大佐程ん人でも、泣いてよかことですね……。私も、……っふ、……ぇ、泣いてよかですか。大佐、大佐ぁ……。」(服の裾をつんと引っ張って、ぎゅううと目を力強く瞑った。───軍人だから、狼狽えてはいけない。彼を救えなかった自分が、悲しむ筋合いはない。そんな風に自分を罰していた篠の心の鎧が、ひとつ外れた。)   (2/7 19:00:34)
マリア/篠. > 「……明松くんは…あん人は幸せやったんでしょうか。戦場で消し死んとは訳が違っと言ってしもた事を、私は後悔してもした。そん言葉が、枷んごつ私を縛っちょって……無闇に苦しみ続ける事しか、彼を想うちゃる方法が思いつかんかったんです。」(もぞもぞと身体を這うように動かし、なんとか壁に背をつけて座り込む。うつむいたまま鬼若と向き合って、同じ痛みを抱える目の前の上司を抱きしめてやりたかった。躊躇でわずかにぴくりと動くだけの指を、おずおずと彼の手に重ねられる。)「大佐、…………上司として、私に命令したもんせ。」「明松君の死を、悼めと。」(泣き腫らして真っ赤になった瞳を重たげに開いて、篠は深々と、頭を下げた。)「……お願いしもす。」   (2/7 19:00:40)


大和守/鬼若 > 「……泣くのを我慢なんて、するな。……泣きたい時は、泣けば良いんだ……ッ、……」(……嗚呼、もう既に知っていたのか。だからこそ、こんなにも彼女は──苦しそうだったのか。自分も泣いても良いかと、貴女のその言葉に当然だろうと深く頷いた。泣きたい時に泣かず、その感情を仕舞っているだなんて苦しくて仕方がないだろう。鬼若でさえ、泣いているのだから。それだというのに貴女が泣いては駄目だなんて、そんな事は言いはしない。)「彼奴は……幸せ、だった。最期まで……幸せなまま、散った。……お主も、彼奴の事を案じてそんな言葉を言ったのだろう。なれば、己の事を責めるでない。苦しみ続けるなど……何れ壊れてしまうぞ」(ゆっくりと、涙は止まりつつあった。瞳の周りは赤く、普段の威厳など最早無いにしても。上に立つ者として、そう言葉を紡がずにはいられなかった。張り詰めすぎたり、我慢しすぎると、人は当然何処かでそれが壊れてしまう。重なった貴女の手に、壊れそうになっていた貴女に。まるで慈しむ様な瞳を向けた。)   (2/7 19:44:48)
大和守/鬼若 > 「…………篠。彼奴の……明松の死を、悼め。……余も、共に悼もう」(あぁ、と。鬼若は貴女の言葉に深く頷き、そして承諾した。──静かに、然し力強く貴女の字を呼び。頭を下げた貴女を見つめ。──そして命令を、下した。彼の死を悼めと。己と共に、悼もうと。これは命令だ。それらしく厳しく触れがたい響きはある。だが、その中には何処か優しさも秘められていて。仲間の事を思う、そんな気持ちは確かにあった。)   (2/7 19:44:51)


マリア/篠. > 「大佐……鬼若大佐……。………ぅわぁ……わああああああああん……!!」(大佐の””命令”を聞き、篠は声を上げて泣いた。きゅうと喉が締まって、子犬のような声を上げて時々しゃくりあげる。酸欠で頭がぼーっとするまで、篠はこの上司と、同じ痛みを分かち合って───泣いた。)「………大佐……すみません、でした…‥。っひ…く……で、でも……っう、ん……あ、あいがと、もしゃげもした。……」(厳かでありながら、優しさを秘めたあなたの命令は、『忘れろ』とか『くよくよするな』とか、『明松が悲しむ』とか……そういったお為ごかしよりも、篠の心にすとんと響いた。共に悲しんでくれる人がいる。上司の尊厳などを一旦脇に置いてでも、部下の事を想ってくれる人がいる。今夜は、酒を飲まなくても済むような気がする。眠れなくたっていい、気が済むまで、明松の事を想おう。篠は深々と下げていた頭をゆるゆると持ち上げ、ぎこちない笑みを浮かべてあなたを顔をしっかりと見つめた。尊華帝国軍大佐、鬼若。───ここにあり。)〆【遺された者達】   (2/7 20:10:15)