誌洲&ヘスティア

知辺

蕨/誌洲 > (場所は榮郷、帝國軍の本部基地内にある貴賓室棟。静まり返ったその一角に足を運ぶことは、そう多くない。誌洲はある一室の前で立ち止まると、束の間の逡巡をすぐに断ち切り引手に指を掛けた。)「……失礼致します」(跪座をすることもなく、ただ一声掛けてから襖を開く。患者の症状が失明であることは聞き及んでいる、目に見えない所作をする必要はないだろう。――中の座敷には、一人の女がいた。単なる赤とは言い難い、艶のある派手な長髪が印象的だ。――これがウェンディアの騎士団長か。まだガキだな。流石に口に出すことはしないが、見ようがなければ咎めようもない視線は、幾らか冷ややかなものを含んでいた。)   (1/29 17:24:31)
蕨/誌洲 > 「あー……この度は拝謁の栄誉を賜り、恐悦至極に存じます……尊華帝國軍が巫子、字を誌洲。……貴姉の御治療を仰せ付かりました」(盲人相手に拝謁だなんて皮肉もいい所かも知れない。それでも一先ずは敬語を繕って気持ちの籠らない挨拶を済ませると、『ああ、動かなくて結構です』と付け加えながら、女の隣に腰を下ろす。――一介の巫子に過ぎない自分が、随分な大役を拝命したものだ。それが腕を見込まれてのことなら、光栄だが見当違いも甚だしい。名医を自称出来るのなんて、治せなかった傷病が一つもない人間だけだろう。つまり、そんな奴はこの世に存在しない。それでも上から治せと言い渡されれば、治すのが巫子の仕事ではある。少なくとも最善は尽くさねばならない。……それが敵国の頭であっても。だから俺が抜擢されたのかも知れない。――ふと、新品の畳の匂いが鼻に付いた。まさか、こんな良い部屋を独房代わりにしてる訳じゃないだろうな。)   (1/29 17:24:36)
蕨/誌洲 > 「……あー、改めて症状を伺いたいんですが。……もう、いいですかね?敬語」(女に向き直りながら問い掛ける。礼を欠いていると詰られるかも知れない。それなら素直に諦めて、尊華らしいまどろっこしい言い回しを並べ立ててもやろう。それでも尋ねてみるだけの価値はあると判断した。問診を一々大仰な敬語で行うなんて性に合わないことは、出来ればしたくないからだ。それが帝國であれば元帥に相当する人物であっても、この場に於いては偏に俺の患者でしかない。人払いは済んでいることだし。誌洲は一方的にその顔貌を注視しながら、答えを待った。……やっぱりガキだな。)   (1/29 17:24:41)


マリア/ヘスティア > (『胸が苦しいかも知れんが少しばかり着崩せば問題無かろうて!』――との言葉と共に用意された上等な着物に身を包み、ヘスティアは貴賓室で客人同様の扱いを受けていた。あの老将は一体何を考えているのか。これが尊華流の皮肉とも思えないのは、彼女がウェンディア人だからであろう。ただ、納得のいく理由が解らなくて何度も何度も考えて、そして疲れ果て、今はどこかぼーっとしていた。)「……シジマさん、ですか。……あー……治療……」(焦点の合わない目をあなたに向ける。貴賓室を与えられたかと思えば、次は治療と来た。全くもって何が起こっているのか解らないけれど、とにかく表面通り事実を受け取る。それが今最も、論理的だと思った。)「……ええ。どうぞ……私はこの国の貴賓でもありませんし、本来ならば憎むべき……まあいいか。殺そうと思えばいつでも殺せますものね。」   (1/29 17:25:23)
マリア/ヘスティア > 「元帥様のお陰で一命を取り留め、体には殆ど不自由していません。恐らくあなたが遣わされたのはこの目の事でしょう?……元帥様の魔術には、失明をさせるような祈りは無かったそうですけれどね、い……痛みで血管が切れたのかしら。」(怒り、と口にしかけてすぐに取り繕う。シジマと名乗る人物の癖がなく、淡々と抑揚のない声は口の動きが見えなくても聞き取りやすかった。頭の中で無意識に作られるシジマ像は、自然とヘスティアの持つ巫子像そのものに当てはめられる。尊華人らしいのっぺりとした顔に清潔そうな黒髪黒目、眼鏡くらいはしてるかもしれない。てきぱきとした喋り方は、ちょっと神経質そう。ぱりっとのりのきいたシワのないシャツでも着ているかしら、なんとなくそんなところ。)   (1/29 17:25:30)



蕨/誌洲 > 「……ん、ではお言葉に甘えて」(王国の頂点たるうら若き乙女――ヘスティアは、燃え上がる生命力を体現したような外見とは裏腹に、随分と殊勝な様子だった。何とはなしにもっと居丈高で囂しい娘を想像していたが、いや、本来であればそういった人間なのかも知れない。ただ今は悄然としているだけで。だとすればそれも尤もだ、何せ国軍の頭同士の一騎打ち、それに敗れた上、捕虜の身分に甘んじているのだから。勝手にそう把捉すると、一つ咳払いを挟んでから再び口を開く。)「俺はそんな意図で訊いたんじゃない。アンタが姫君だろうが浮浪者だろうが、俺の患者である限りは同じ扱いをしただろう……いいな」(間怠い口調から解放されたと言わんばかりに淀みなく連ねられた言葉は、まず真っ先に誤解を是正した。黙っていても良かったが、その卑屈な言い草が気に食わなかった。そうして独りでに溜飲を下げると、ようやく仕事用の帳面を開き万年筆を用意する。実際に使用するかはともかく、最早診察に取り掛かる時の癖のようなものだった。特に初診であれば尚更だ。)   (1/29 17:25:48)
蕨/誌洲 > 「……ふーん、痛みね……どうだ、今もあるか?あまり痛がってるようには見えんが。違和感は?」(先程のただ人を眺めるだけの視線とは違い、患者の観察という明確な目的を持った眼差しが向けられる。それを直接知覚されることはないだろうが、誌洲もまたこれといって治療の糸口を見出すことが出来ていない。何の手掛かりもなければ、取り敢えず持てる呪文を試してみる他ないだろう……既に頭の中では、幾つかの単語を思い浮かべていた。)   (1/29 17:25:54)



マリア/ヘスティア > (誌洲の口調が変わった瞬間、頭に思い浮かべたのは正座を解いて胡座になる彼の姿であった。『姫君だろうが浮浪者だろうが……』それは彼のポリシーという奴なのだろうか。しかし確かに、彼のほうだってこの期に及んで所詮は帝國の巫子だという扱いをいちいち受ければやりづらいのだろう。理にかなっている。”余計”な情報は捨てよう。そう思った瞬間、ヘスティアの視界の闇は一段と濃くなった気がした。本人にも自覚の無いところで、抑え込んでいるものに対する限界は着実に訪れようとしていた。)「……わかりました。」(主治医と患者という上下の関係に甘んじる事が屈辱な訳ではない。ただ、私情を切り捨てようとすればするほど、快復からは遠ざかっていくということに、未だこの部屋にいる誰もが気づいてない。恐らく……恐らくは。)「いいえ、元帥様の献身的な治療魔術によって、損傷部位は殆ど戦闘前と遜色ないほどに回復して頂きました。」   (1/29 17:26:23)
マリア/ヘスティア > (『だから、この目の事なら放っておいても構わないのですが』そう言いたいのをぐっと堪えて、唇を噛んだ。そこにはあまり触れてほしくない、と思いながらそれを口にできないのは、ひとえに論理的ではないから。何故かは解らなくとも、触れてほしくないと言う事だけはなんとなく自覚があった。そしてヘスティアは、話題を逸らす。)「……何を持ってして違和感と呼べるのか、いまいち解りませんので。見えないということ自体が違和感といえばそうですけれど、異物感はないと思います。……不便だけれど、悪い事ばかりじゃないかも。おかげで聴覚や嗅覚は研ぎ澄まされるような気がしますし、えー、そうそうあなた良い香りがしますね。服でしょうか?洗濯をして下さっている奥様に感謝ですね。」   (1/29 17:26:28)



蕨/誌洲 > 「…………」(平時であれば、与太話は御免だと一蹴していただろう。僅かの間ではあるが、そうせずに押し黙ったのには然るべき理由がある。単に彼女が患者だからというだけの話ではない。唇を噛む仕草、不自然な話題転換、何かから遠ざけようと回る舌――ヘスティアのそれらの言動を受けて、寧ろ違和感を覚えたのは誌洲の方であった。コトノハ程ではなくとも、医者なりの観察眼は身に付けているつもりだ。それを理解しているのかしていないのか、そこまで推し量ることは出来ないが、しかし何れにしろ、誌洲の心の裡に次のような感想を抱かせるには充分だった――『なるほど、こいつはあまり賢くないな』。)   (1/29 17:26:47)
蕨/誌洲 > 「……あぁ、そう。そりゃ、洗濁屋が値段なりの仕事をしているようで何より」(彼女が尊華人であれば、もしかすると苛烈な風刺として捉えられたかも知れない。誌洲もすっかりそのつもりで口を利いていたことに自身で気が付いたが、実の無い対話でお茶を濁している内に、そんなことよりも優先すべき考察があった。鞘を着けたままの万年筆を指先で弄び、真っ新な診療録の頁を叩こうとして思い止まる。冴えているらしい聴覚をその音で不用意に刺激して、沈吟していることを覚られない方が良さそうだった。――こいつの様子を見れば、何か裏があることは明白だ。身体的な傷痍であれば痛痒の一切を感じないというのもおかしな話だし、そもヘスティア自身が損傷部位は回復していると宣っているじゃないか。何か、とは何だ。こいつは何を忌避してる?……。)   (1/29 17:26:53)
蕨/誌洲 > 「……、体を楽に。あー、気持ちもな。肩の力を抜いて、出来る限りでいい……ゆっくりと深呼吸してくれ。……今から魔術を試してみる。何しろ……負傷箇所が特定出来ていない。二、三呪文を詠唱するが、効果の程は分からん……瞼は閉じていても開いていてもいい。瞬きもだ、自然にしていてくれ」(敵国の騎士団長たる患者の娘にそう告げると、誌洲は白い羽織の袂を軽く手前側に引き、前膊を晒した後に衿を正す。――そんなもの、核心に決まっている。そう恐らくの結論を出すのは難しくなかった。しかしながら、まだ憶測に過ぎないそれが、早計であることを願わずにはいられない。目を瞑ると、闇が視界を覆った。瞼を持ち上げれば眼前にいる筈の女は、ずっとこの暗澹の世界に取り残されている。誌洲はしんとした部屋の只中で祈り、信仰と成功とを脳裏に思い描いた。それから一音を文字に、文字を単語に、単語を文章に、そして伝えるべき言葉へと転換していく。断片を呪文に構成し終えると、一呼吸置いてから、神への嘆願を唇に載せた。)   (1/29 17:26:59)
蕨/誌洲 > 「――吾小高き洲より呼べり 流るる法に凡てを委ねば 汝物深き淵より 滔々と出で溢るにや 今に瞽者の目は披け 聾者の耳は明く事を 跛者は鹿の如くに跳び走り 唖者の舌は唄唄はん事を 分て意得べし 是を以て讃詠とす……」(最後の呪文の余韻が掻き消える前に、患者の面差しを確かめる。相も変わらぬそれを見て、対照的に誌洲は表情を曇らせた。――クソ、駄目か。やっぱり……。ヘスティアの症候が喪明でなければ、舌打ちの一つでも漏らしていたことだろう。相好を取り繕うのは得意じゃない、顔を顰めていれば舌を鳴らした所で大差ないだろうと横着して。それでも彼女が視覚という情報源のない患者であればこそ、無用な不安を与えることが賢明であるとは思えずに踏み堪えた。――持てる信仰と語彙を絞り出した魔術が空振りに終わるのは、実に虚しい心地がする。それでもヘスティアの紅玉が本来持っているであろう煌めきを蘇らせないままに、茫洋とした焦点の合わない視線を泳がせているのだから、未だに結ぶべき像を見失ったままであることを認めざるを得なかった。)   (1/29 17:27:04)
蕨/誌洲 > 「…………。少し……休憩にするか」(本人に結果を尋ねることもしないまま、誌洲は入室時から座卓に置かれていた湯呑を初めて手に取った。注がれている茶はすっかり冷め切っているが、それが却って働かせた口腔内を落ち着かせるには丁度良い。何度か嚥下を繰り返して喉を潤すと、再び黙考へと戻ろうとする。魔術の行使による疲労もあるが、とにかく幾許かの時間を要していた。目の前の女は……まあ、こいつも何か飲みたければそれくらいの自己主張はするだろう。もし渇きを癒したいとの訴えがあれば手助けしてもやろうが、今わざわざそこまでご機嫌を伺ってやる余地はない。何せ俺は、こいつを治す為に心を砕いているのだ。)   (1/29 17:27:10)



マリア/ヘスティア > (治療の詠唱が終わったと思わしき沈黙を捉え、ヘスティアはゆっくりと、重たげに瞼を開いた。まだ目の前に広がる暗闇に、適切な言葉を失って押し黙る。)「……休憩ですか」(結局のところ、自分を治して帝國はどうしたいのだろう。間者として使い物になると思っているのならば都合の良い事ではあるが、元帥――もとい、尊華帝国軍もそこまで純朴な連中ではないと思う。だからこそ誌洲にその事を話そうとはしなかったし、話さない事で溜まってゆく警戒心は鬱屈となって膨らむ。今は単に慎重になっているだけだと自覚していられるが、そう自分を慰めてやる事が出来る程、心の傷は浅くなかった。)「お疲れでしょう?今日の所は切り上げて頂いても構いませんよ」   (1/29 17:27:41)
マリア/ヘスティア > (努めて朗らかに表情を取り繕い、そう言い放つ。実のところ、帝國の巫子と居るだけでもストレスなのだ。間者となると真名まで明かして元帥の懐に潜り込む事を決めたのは他ならぬ自分であるのに、理性的に考えようとする頭と、心が食い違っている事が、今の彼女にとって致命的だった。『体を楽に』『あー、気持ちもな』――ぶっきらぼうに放たれたその程度の言葉で凝り固まった態度を解せる訳もなかった。結局のところ、誌洲の腕が悪いせいという事ではなく、彼女自身に治療を受ける準備が整っていないのだった。)   (1/29 17:27:46)


蕨/誌洲 > (ヘスティアは藪医者相手に掛ける言葉が見つからないようだった。それでいい、暫くの時間をくれと願って止まない。沈黙が支配する八畳間で、やはり未熟さを残しているとしか思えない相貌をじっと正視しながら、どうにかその奥にあるものを見透かすことが出来やしないかと懸命になる。とは言え躍起になった所で、人の心を読んだり、頭の中を覗ける筈もない。それを可能にする魔術は持ち合わせていないし、知る限りではそんな魔術師も存在しなかった。――結局は、自分の中に曖昧な形の鍵を見出すしかないのだろう。力任せに抉じ開けようとして、更に頑なにさせることだけは避けたかった。記憶の箱を引っ繰り返して、手当り次第に拾い上げる。瞳孔では彼女の輪郭を捉えながらも、丁度入眠の間際のように、様々な心像が浮かんでは消えていった。取り留めのない連想に過ぎないかも知れない、それでもこの走馬灯にも似た回顧は決して感傷に浸る為なんかじゃない。ただ、存在するかも定かでない呼び水を追い求めていた。)   (1/29 17:28:14)
蕨/誌洲 > (――王国が動いたという話を聞き及んだ時に、耳聡くない俺は初めてこの女の存在を認識した。それまでは、敵国の団長が代わったことすら知らなかったと思う。それでも巫子であるが故に、前線に立つこともなければそいつの姿を見ることもないだろうと踏んでいた俺は、想像上の女より、昔のことを思い起こしていた。というのも、我が帝國軍の阿呆な佐官が美虎を攻めたのが三年前。離反だった。紛れもなく、長年の冷戦に火を点けたのはあいつだ。もう六年も前になるか、俺が軍籍に身を置くことを選んだ時なんか、実際に戦争が起きて、今日のような乱世になるなんざ……度し難いが、まあ、そんなことはいい。)   (1/29 17:28:21)
蕨/誌洲 > (肝要なのは、穏健派の元中将――否、そんな諡染みた接頭辞を冠する必要もない。中将による休戦協定とイモータル騒ぎで沈静化していた所を、こいつが、この女が再び口火を切ったことじゃないか。こいつはお飾りの団長なんかじゃない。それは数々の攻城の事実を以ても、こうして言葉を交わした実感としても確かなことだ。そんな性質の人間であるとは到底思えない。果たしてそんな気骨のある奴が、失明という軛を負ってこうも平静を装えるか?しかもこいつは多分、頭脳明晰でも狡猾でもないぞ。――間者として働くなどと嘯いているのは知らされている。が、光を失って長い者ならともかく、こいつのような盲となったばかりの人間が、戦闘だろうが諜報だろうが、まともに軍職をやり遂せる筈がない。それなのに……。)   (1/29 17:28:27)
蕨/誌洲 > (――不意にヘスティアの明朗快活な声と笑顔が、誌洲を深い回想と体系立てられた熟考から現実へと引き戻した。如何ほど思索に耽っていただろうかと僅かに気に掛かったが、彼女の態度からすると延々と黙りこくっていた訳でもなさそうだった。未だに柔和なその表情を見詰めながら、無意味であるとは理解しつつも緩慢に頷く。)「……。そうだな……」(そう同意の言葉を漏らしたものの、誌洲からは衣擦れの一つすら発せられない。代わりに、『なあ……最後に聞きたいことがある』と平坦な声が続いた。――皮肉にも女性らしく象られた微笑みは、少なくとも誌洲が薄らと抱いていた疑念を確信へと至らせるには充分な後押しとなった。『悪い事ばかりじゃないかも』なんてもんじゃない、こいつはずっと、端っから……。)「正直に答えてくれよ。……お前、治す気ねぇよな?」(真っ当な詠唱より、こんな“魔術”が功を奏するんじゃ遣り切れないという気持ちもある。それでも手を尽くさずにこの場を後にするのは、お上やこの女はさておき、他ならぬ自分が許せなかった。)   (1/29 17:28:35)


マリア/ヘスティア > (ヘスティアは、同意の声にほっと胸をなでおろしていた。その表情が悟られる事を最後の最後に失念していて、それでも彼が部屋を出てしまえば終わる事なのだと、皮肉にもこれが初めて気を許した瞬間だった。)「……えっ」(すると、続けざまにかけられた言葉には虚を突かれ、図星と言わんばかりに驚きの声が漏れ出る。)「……いえ、ちょっと言っている意味が解りません。私が治療を受けないと仮に決め込んでいたとして、それが魔術の功を奏さなかった事の理由になりますか?もちろん、ええと――シジマさんでしたか、あなたの腕が良くなかったとも思いませんよ。今日はうまくいかなかった、それでいいじゃありませんか。それに、あなただって上に言われて嫌々治療に来てくださったのでしょ。これで終わりにしても――」(そこまで口走ったところで、まるで口車に乗せられているのと変わりない事を自覚してはっと口を噤んだ。あなたの言葉――もとい、魔術は、たった一言でヘスティアを対等な会話へと引きずり込んだのだった。)   (1/29 17:29:26)
マリア/ヘスティア > 「……嫌々というのは、言葉のあやです。ですけれど、これ以上私をつついてみたところで、何も出やしないと思いますよ。決して誤解しないでほしいのですが、私とてこの期に及んで立場を持ち出してあなたとの関係を無闇に悪化させたいとは思いません。ですけれど、あなただって私の事を信頼しろと言われても急には難しいのでは?」(うまくこの場を収めようとすればするほど、堰を切ったように言葉が止まらない。彼女自身、それを言ったところで何が得られると思っていた訳ではなかった。どこか引っ込みがつかなくて、焦りは心音に出る。少し考え込むように目を瞑り、そして意味もなくそれを開いて、辿々しく口を開いた。)「……ですから、その……無理に……心を砕いて下さるまでもないということです。申し訳ありませんから!……この度の治療はとてもありがたいものでした、あなたの誠意にお返しするものがなくて残念ですが、また機会があれば……えーと……そうですね、」   (1/29 17:29:33)
マリア/ヘスティア > (『機会があれば』何とする?自分で言っておきながら、続く言葉に迷うのはウェンディア人の性だった。それでもなんとか頭をひねり、尊華人ならこういうのだろうと、社交辞令のおためごかしを口にする。)「……機会があれば……また、どうぞよしなに。」   (1/29 17:29:39)


蕨/誌洲 > 「……否定は、しないんだな」(崩れていく態度を眇めた瞳で眺め、綻びていく言葉を一頻り聞き届けた後、囁くようにそう零した。幾ら小声で呟いた所で、この状況じゃ吐息の一つすら聞き漏らす筈もないだろう。詰襟の隙間に指を突っ込んで首筋を掻く。巡る頸動脈に宛てがわれた末端の、冷えた体温が心地良く感じられた。――自分が半ば吐き捨てた一片の言葉は、まさに鎧通しのように相手の瑕疵へと突き刺さったようだった。先程まで回顧に励んでいたせいか、否それにしたって記憶の底の方に沈んでいた筈の幼少期のことを思い出す。海へ行ったことがあった。白茶色の浜辺、その波打ち際の砂を穿ると、じわじわと塩水が染み出してくるのだ。どんなに深く掘っても、否寧ろ深く抉れば抉る程に穴は潮で満たされ、やがて溢れてしまう。――こんな小娘を天辺に据えて、王国はどうしたいんだよ。追憶を断ち切って浮かんだ独り言を呑み込んで、徐に唇を捲った。)   (1/29 17:29:57)
蕨/誌洲 > 「……この期に及んで自覚がないだとか宣うつもりなら、俺が言い渡してやる。あんたの失明は心因性だ」(――心とは何処にあるものか。最低限の常識を備えている奴なら、頭だとか脳と答えるだろう。非科学的で夢見がちな空想家なら、胸、心臓、魂……そんな的外れな部位で返してくるかも知れない。実際、俺は脳にあると考える。しかし、では穿頭すればこいつの負った傷が現れるのかと言われれば、そうではないとしか答えようがない。そこにはただ、脳髄があるだけだ。いつか……気の遠くなる程先の未来、物理的に脳味噌を弄くって、望むままに全てを改変することが出来るようになる、その可能性はゼロじゃない。ただ、今の人類にとっての脳は、ひたすらにブラックボックスだ。不可逆なんだ。だから、心とかいう見えない臓器に刻まれた傷――心的外傷を、俺にはどうすることも敵わない。)   (1/29 17:30:54)
蕨/誌洲 > (況して、結局の所、俺は彼我の境に立ってきた人間じゃない。それを口惜しく思ったこともないではないが、俺は軍卒として、黒衣の立場にしか身を置いたことがないのだ。戦場で散々人を傷付けたり殺してきた奴が報いを受けた時に、また人を害することが出来るように、戦場に送り返す為に治療する。――彼らが俺の心情を慮った所で恐らく理解は出来ないように、俺も結局はあいつらの情緒を解してなどいないのだろう。)   (1/29 17:31:02)
蕨/誌洲 > 「……知り合いに、ある男がいる。三年前、この大陸の戦端を開いた奴だ。――でもって、休戦協定を結んだ、うちの中将の信奉者でもある」(『今はただの神主だがな』と言い添えながら、ぱたりと音を立てて帳面を閉じる。――人生で一番長く受け持っている患者の、精神的な発作……所謂心気病すら、俺にはどうもしてやれてないんだぞ。そう束になって襲い掛かってくる無力感よりも、厄介払いしたくて堪らない、そんな気配を誤魔化すことすら諦めてしまったかのような騎士団長様への敵愾心が優っただけかも知れない。“土埃”に塗れたその矜持をどう扱えばいいかなんて、俺にとっては雲を掴むような話だ。ただ、それを雪ぐ手助けをしてやるのが、唯一にして最善の選択肢だと信じる。滲んだ海水が、泥土となってそれを覆い尽くす前に。)「よしなにすんのは、今回限りで充分だ。――会ってみるか?火津彌に」(設えられた丸窓に目を向けると、頼りなげな六花が揺蕩いながら落ちて行くのが見えた。)〆【知辺(しるべ)】   (1/29 17:31:09)