ヨハン

ネシア・トヴァ-前編-

マリア/ヨハン > (つめたい風は無慈悲に頬を撫で、夏の終わりを告げる。孤独に酔いしれる事ができるほど旅人としての才もなく、若く、未熟な彼は秋を嫌って、ふらふらとエイゴウの海岸沿いにたどり着く。ここにはまだ夏の匂いがするような気がしたから。スザン、サンホーリでの出会いで人とのふれあいに飢えきった上、自身がどのように生計を立てていくべきなのかという悩みも一層重くのしかかる。極めつけに道中でズアの領土について不穏な事を耳にすれば、もういっそ家に帰ってしまおうかと何度も思った。いや、それはできない、でもやっぱり、と思考を無意味に巡らせるうちにたどり着いた海は、少なくとも彼の顔を地面から前へ向かせるだけの魔力を持っていた。あの対岸に見えるのが―――)「……シント…」(そう呟いた時、ふわりと風に誘われたかのように一人の女性が隣に姿を現した。)   (1/4 17:32:40)
マリア/ヨハン > 「……あっ。」(聞かれたかな、と思ったのと同時に、彼女がヨズア人である事を古典派風の服装と肌の色で理解した。何か声をかけたいと思ったが、ヨハンという先客がいるのを見て彼女はふい、と顔を逸らしたように見えた。)「……よぉ…おねーさん。」(力なく笑いかけ、接触を試みる。ウェンディアにも、尊華にも自分の居場所がないと思い知る出来事のせいか、こんなところで出会った同胞とせめて言葉を交わしたいと、そうしなければ強く後悔するのではないかと思った。感覚としては一目惚れに近いのだろうか……正確に説明する術があれば、そうではないと言い切る事ができるのに。ヨハンは彼女に字を名乗り、シントを見ていた事を話す。彼女への印象はどことなくぶっきらぼうなものであったが、いかにも訳ありな雰囲気を醸して目線を送るヨハンを冷たくあしらう事はしなかった。)   (1/4 17:32:47)
マリア/ヨハン > 「……ねぇ、おねーさん知ってんだろ。教えてよ、あの対岸がシントなの?……オレ、あそこに行きたいんだ。どうしても行きたいんだ。」(女性にしてはいくらか背の高い彼女は、『拘る気持ちも分からなくは無いけど、今のところは諦めな。帝国軍につまみ出されておしまいさ。』と言ってシントを見つめていた。帝国軍―――その言葉で、もしかしてと思っていた気持ちがまた膨れ上がり、ざわ、ざわと心を波立たせる。いや、もう既に解っていたのかもしれない。じわじわと涙腺をせりあがってくるものをぐっと抑え込み)「どうしてここまで来て帝国に干渉なんかされなきゃいけないのさ?」   (1/4 17:32:57)
マリア/ヨハン > (と、眉根を潜めて問い詰めるように言った。はじめは合点がいかなかったらしい彼女も、無自覚に匂わせるかのようにシントが帝国の手に落ちていた事について話し続けていくうち、ヨハンが崩れ落ちたのを皮切りに、ようやく彼が何も知らなかった事を気づいたようだった。『泣くな少年、こんな表通りで……しゃんとしなって……。』ヨハンは駄々をこねるようにその場に座り込んで大声で泣きじゃくった。)「……そ、そんなのしらなかった、……嘘だッ、うそつき、……う、ぐぅ……三年前、だって?……っ……そんな昔の、事。っひ……オレが知らないわけないだろ!?冗談にしては、たちが悪いよ。なんで、なんでなんでっ……なんでだよぉッ……!」   (1/4 17:33:17)
マリア/ヨハン > (家族に犬同然で甘やかされていた事がやはり当たり前にショックだった。“ジョンに政治は解らないだろうから”とたかをくくられていたんだろうか?そんな大事なことを、家族の皆が知らなかったなんて到底思えないし。……そのやりきれない気持ちは、シントがもう既にヨズアのものではない事への悲しみと綯い交ぜになって、混乱と共に膨れ上がってゆく。ようやく泣き止んだのを確認した彼女がその場を後にしても、ヨハンは心の整理がつかないまま俯きとぼとぼと後ろをつけて歩いた。今は彼女がヨズア人というだけで、ヨハンが執着するには充分だった。彼女はきっと困っていただろうに、撒く事もせずゆっくりと歩いて、どういうわけかヨハンを導くかのようにエイゴウを練り歩いた。郊外、中心地、歓楽街……そして最後に、スラムにたどり着く。彼女はオレをここに”送り届けた”つもりなのだろうか。迷子の犬の帰る場所を探すみたいに、色んな所を連れ回したのだろうか。ジブルの事を思い出してきゅうっと自分の胸を掴むと、彼女は振り向いて言った。――『キミは何を求めてここまで来たんだい、少年。』)   (1/4 17:33:24)
マリア/ヨハン > 「……なに……って……。」(ようするに、どうしてついてくるのか、なんなんだ、と問い詰めたかったのだろうか。だが彼女はヨハン自身の深層心理に語りかけるかのように、言葉を続けた。――『それが値札のついたものなら家に帰ればきっと手に入るんだろう?でもそうでないなら最初の一歩はキミ自身が踏み出さないと。』(値札のついたものなら……その言葉は、自分はどうするべきなのだろう、どうやって生きていったらいいのだろうという悩みと直結する。そうじゃないから、家に帰らず海を見つめていたのだ。ジブルとの出会いはヨハンの心に深い轍を残していった。彼の実家には金があるが、それは彼自身にはなんの関係もないことなのだと。彼女は最後にヨハンに言い聞かせるように言葉をつなげた。『それが、自由というものだろう?』)「……」(ヨハンの答えは)「……わかんないんだ……。でも、知りたいんだ。……なぁ、連れてってくれよ。」(やはり酷く甘えたものだった。)〆【ネシア・トヴァ 前編】   (1/4 17:33:43)