糸依
燐光に捲る頁清瀬/糸依 > (飄々と翻る外套が、風を一層夥しく音にした。その下に納まっているのは軍服、眉月の今宵に溶け込まんとする輪郭を、手持ちの行灯が映し出す。兵舎の裏手、騒々しさとも賑わいとも、心が磨り減るような緊迫とも別れを告げた空間に、少々早い鉛色の狼煙をあげていた。余計なことを溢したがる口に、苦さで蓋をする。少し前までは蟋蟀、半月も遡ればかわずの合唱が聞こえていたものだが、冬はやはり虚しい。俄に響かせた咳も、最早空元気。)「……こんなもん吸うなんて、気が知れないなぁ」(これのどこが美味いんだ、紅翼の蒼。すっかり姿の見えなくなってしまった夜の王者は、まだこんなものを燻らせているのだろうか。お前の好きそうな季節だ、もう三度も待ったのだから、仏もそろそろ見逃してはくれないぞ。……ほんの僅かに囁いた木葉を向けば、其処に居ると期待したのだが。生憎もぬけの殻、会えたら食事でもしたいものだが叶いそうにない。まだ半分も燃えていない葉巻を地に落として、足で何度も擦り消す。哀愁なんて残してしまっては私らしくない、そよぐ風に全て拐われてしまおう。) (1/4 16:34:43)
清瀬/糸依 > 「飯豊、夫婦きつ。それに…たつ、か」(壁に凭れて見上げた空は、澄んだ空気の中に煌めいている。尊華も星空も生き物の多いこと、夜を恋しく啼いた声が聞こえる。空に居る二匹の戌、うちの一つ、大柄な方。狐を狩る使命を神から受けたその名はライラプス。Mirzamの星の承った含みは、やんちゃ盛りの仔犬のような彼女そのものだろうか。オリオンの犬が追いかけるのは空の兎で、いつまでも追い付くことのできぬ哀れな恋路。彼女らにはそうなってほしくないが、まぁ、関係のないことだ。)「──北の、中心」(ポラリスのすぐ近く、一年を通して見えるりゅう座の漢字は、今と昔とで“竜”と“龍”の二面性を持つ。二匹の鬣犬、直線的に走る過激さ。神話や星の秘めた言葉のように、彼もなってしまうだろうか。)「──私は」 (1/4 16:34:45)
清瀬/糸依 > (この広い星空は、北極点を軸とした変化の渦。それでは私は一体、どこに居るのだろう。探せど探せど、瞬きは私を歓迎してくれない。人は死ぬと空の星となる、と誰かが記していた。少し前ならば頷けただろうそれを、今の私はそうは思わない。人は無数の“糸”となるのだ、人は糸が依りあわさってできたと言ってもいい。繋ぎ留める役目は御神の勤めるところ、そう信じて育ってきた。緣(えにし)の結び、糸編みの歴史、全ては土地神を崇めた我が故郷の教え。)「阿岸は、きっと」(見るべき場所は、こんなにも上ではないのだろう。頼りない微かな光でもなく、自らでは輝けぬ月でもなく、きっと手元の灯りのように。足元を、その先を。激励を贈ってくれた彼に、私に神風を吹かすよう仰った彼女に、どうやって情けない顔を向けられようか。……だから、聞いてほしい──)「死にたく、ない」(とうに糸依は変わってしまった、心の底が泣き叫ぶ。凍えた手は異様に震え、冷たさは涙を許さぬ程に身を纏う。けれど軍人のあるべきところはそうじゃない。恐怖を猛りに塗り変えるべく、帰る前にもう少し、夜風で頭を冷やそうじゃないか。)〆【燐光に捲る頁】 (1/4 16:34:55)