ヨハン

グリーンライト-前編-

マリア/ヨハン > (短絡的に家を飛び出しても、新居の近くにアテなんかなかった。夜中までぶらぶらしながら時間を潰しようやくとっぷり夜の帳が落ちきった頃。家出のための資金や旅支度を整える為、こっそり家に忍び込むと、夜中だというのに店舗正面の明かりがついていた。オレが出ていったこんな日にまで残って計算やら何やらの仕事をしているのだろう。ヨハンは複雑な思いを抱えながら、ひとまずはそのおかげで見つからない事に安堵して旅の支度を整えた。)   (1/2 05:48:05)
マリア/ヨハン > (――それからというもの、ヨハンは列車に揺られていた。目的はないけれどなるべく遠くに行きたくて、またウェンディアの領土からなんとなく逃れたくて、向かったのはスザンであった。だが多種多様な人間が暮らす王国とは違い、尊華ではヨズア系の人間が珍しいのか、どこか自分が浮いているという居心地の悪さがあった。遠慮なくこちらをじろじろと見つめる幼い子供の視線。無垢な子供ゆえになのか、それとも、こんなに小さいうちからこの子供もやはり尊華人である、という事なのか。……家出から数日経った頃、ヨハンがたどり着いたのはスザンにあるヨズアのスラムだった。建物はどれも立派に家と呼べるのかすら怪しいものばかりで、中には雨風をしのぐので精一杯であろう小屋もあったが、その立ち並ぶ雰囲気は尊華のものとも王国のものとも違っていた。   (1/2 05:48:33)
マリア/ヨハン > ヨハンはヨズアの領土には行った事がなかったが、どうしてか、どこか懐かしいような気持ちになっている自分を不思議に思った。ふらふらと町を一周し、夕日が沈む頃。ヨハンは礼拝に使うのであろう簡素な東屋に座っていた。小屋とすら呼べない粗末な造り。だけどところどころ糸や鎖で宝飾が吊り下げられ、西日を受けて反射光を柱に落として輝くそこは紛れもなくヨズアの神殿であった。)「……これを売ったら金になるだろうなァ。……だからちょっと少ないのか。」(家に設えてある祭壇はもうすこし豪華で、おびただしいほどの装飾が為されていたが、スラムでそのような管理を維持させておくのは難しいのだろう。風に揺れる宝石や羽のほとんどは二束三文の、ひび割れた水晶とかくすんだアメジストの原石とか、形の悪い翡翠とかであった。それでもまだ、神殿の体を保っているのは幸いと思えた。中には目利きのヨハンから見ても価値を見いだせるような宝石もあり、それを奉納したヨズア人や、盗もうと思わないヨズア人達の事に思いを馳せさせた。)   (1/2 05:48:44)
マリア/ヨハン > 「エメラルドか……。」(しばらく佇んでいるとぼろのローブを着た5,60代くらいと思しき男が神殿に入ってくる。礼拝日でもないのに祈りを捧げる姿をぼーっと眺める。祈りが終わると、男はヨハンの隣に腰掛けて話しかけてきた。)「……あぁ…お、オレは……た、旅人だよ。礼拝に来た訳じゃなかったんだけど。行く宛てもないし……まぁなんとなくね。」(彼は小じわの目立つ顔を細めて優しげに笑うと、手を差し出しながら名を名乗った。『俺の名はジブル。旅だなんて、大変だろう。あんたにシャロームのあらんことを。』)「シャローム?」(随分古めかしい言葉を使うんだな、と思いながらジブルと名乗った男の手を握り返した。風呂に入っていないのか、彼の服は少しにおっていて、ヨハンは思わず顔をしかめてしまう。ジブルは言った。『……あぁ、俺は、平和とか、自由とか、平穏とか……そういう意味がある言葉だと解釈してる。あえて言うなら、そうだな、祝福だ。こんな場所で会ったあんたに、神の祝福が訪れる事を願ったって罰は当たらんだろう?』)   (1/2 05:48:54)
マリア/ヨハン > 「……そっか、うん。ジブルのおっちゃん、あんたにもシャロームってのがあるといいね。」(それからヨハンはジブルと随分長い間言葉を交わした。家を出てきた事、行く宛てが無い事、孤独を感じている事。初めて会った彼に対して些か饒舌だったのはそこが神殿であったからだろうか、、あるいは家出をしてきたという感傷的なシチュエーションに慣れていないからだろうか。次の日には、ジブルのねぐらで寝泊まりをするようになる程度の縁を、ヨハンは神殿で得たのであった。)「……ここは、あぁ…そっか、オレ……。」(ジブルは目を覚ましたヨハンに声をかける。『悪いなあ、寝床は貸してやれるけど見ての通り金がないんだ。俺は仕事に出るけど、飯とかは自分でなんとかしてくれよ。物乞いでもゴミあさりでもなんでもしてさ。』)「……んああ……金は…」(路銀はないわけではない。だが、ジブルがどうやって生計を立てているか知りたくて仕事の内容というのを聞いてみた。『俺かい?』彼は言う。『……”悪モン”だぁ、はははっ。』   (1/2 05:49:12)
マリア/ヨハン > ジブルが出ていってしばらくして、ヨハンは彼の後をつけた。彼はスザンの町の路地裏を器用に通ってゆき、ある大きな墓地に出る。貴族か何かを祀っているのか、豪華な墓石やお供えものがあった。ジブルがそれを次から次へと盗んでゆくのをヨハンは目にする。そしてその後、墓守に見つかってこっぴどく折檻を受ける一部始終までも。)「―――……えーと、ジブル。……今日の晩飯なんだけど、さぁ。良かったらオレと一緒に食ってくんないか?一人じゃ味気なくってさぁ、はははっ!」(その日の夜、顔を痣だらけにして鼻から血を流す彼に対してそんな風に申し出た。一口に同情と言えば簡単だが、信心深いジブルが墓荒らしをしなければいけない事があまりに痛ましかったのもあり、また、優しくしてくれた同胞に何か報いてやりたいと思ったからだった。それからというもの、殆ど毎日食事を共にするようになるまでにはそう時間はかからなかった。金が尽き初めて、ヨハンはようやく焦りを覚える。   (1/2 05:49:27)
マリア/ヨハン > 「そろそろオレの金も……」と何度も口をついて出かけた。だけど、優しげな微笑みで墓荒らしの戦利品を毎日のように分け与えてくれるジブルを見てしまうと、言いだす事が出来なくて、ようやく口に出来たのは『今日の夕飯は…』とジブルが呑気に口にした時だった。)「……いい加減にしてくれよっ!」(そう声を荒らげた自分に驚いたのは、何よりもヨハン自身だった。)「……オ、オレの金だって無尽蔵にあるわけじゃないんだっ、もういい加減オレはここを出るから。お、恩は返したはずだっ…。いいだろ、もう……。墓荒らしなんか、やめて…働き口を見つけてみたらどうなんだよ。オレの家族は……マージでウェンディア人相手に立派に商売をしてたぜ……。」   (1/2 05:49:35)
マリア/ヨハン > (言いながらずきずきと心が傷んで、語気は徐々に萎れてゆく。気の利いた最後の一言なんてものも思いつかずに、沈黙に耐えかねて塒を出た時、家出の時と同じようなデジャヴを味わった。――――『ヨハン…!』ジブルの声がスラムに響く。その名を意味あるものとしてきちんと呼んでくれたのは、あんたが初めてだったのに。)〆【タイトル未定 前編】   (1/2 05:49:41)